静かな漁村に「ループ橋」と「昇降橋」!?
三重県紀北町の旧・紀伊長島町は、江ノ浦湾を囲む古き良き漁村の風情が残るエリアです。町全体がのんびりとした穏やかな空気に包まれていますが、実はこの静かな漁村には、「ループ橋」と「昇降橋」という実にダイナミックな2つの“奇橋”が存在します。
巨大ループの構造を持つ江ノ浦大橋(画像:紀北町観光協会)
長島港付近は、江ノ浦湾を挟んで本土側(長島地区)と離島側(中ノ島地区)の2エリアに分かれます。この海を挟む双方の住民による「歩いて対岸へ渡りたい」という生活の利便性を叶えるため、まず昭和初期に江ノ浦湾をまたぐ「江ノ浦橋」が架けられました。
ただし、漁船が江ノ浦橋付近も頻繁に行き来するため、当初は漁船の通行を妨げぬよう、橋の片側が跳ね上がる構造の跳開橋(ちょうかいきょう)として作られました。
長らくこの跳開式のまま地元で重宝された江ノ浦橋ですが、高度経済成長期、長島港の漁業は最盛期を迎え、一時は静岡県の焼津港のような、三重県における“遠洋漁業の聖地”になることを目指した時代もありました。これに伴い、水揚げされるマグロやカツオなどの漁船も大型のものが増えていきました。
しかし、大型漁船の往来が増えると、昭和初期から続く江ノ浦橋のままでは高さが足りず、船が橋に引っかかる恐れも出てきました。また、橋自体も幅が狭く頑丈ではなかったため、大型トラックが通ることもできませんでした。
こういった問題を解決するため、1971(昭和46)年に誕生したのが、一重のループ構造を持つ「江ノ浦大橋」でした。
記念碑にも刻まれた「アルファ大橋」の愛称
江ノ浦大橋は、長島港が“三重の焼津”になることを目指すうえで欠かせぬ橋でした。橋は海面から15mの高さを確保し、大型トラックが無理なく坂を登れる頑丈な構造を持っていました。
江ノ浦大橋(アルファ大橋)は、静かな漁村に突如現れる昭和モダンなループ橋だ(松田義人撮影)
そのグルっと回るループ構造になぞらえてか、江ノ浦大橋の記念碑には、聖書の一節を引用し、こんな言葉が刻まれています。
「『わたしはアルファでありオメガである』訳すれば、始めであり終わりである―――と仰せられたとき全能の神は手をあげて、大きく中天にこの橋のような形を書かれたに違いない。『アルファ大橋』と愛称するとともに橋標を建て、全地の平和と繁栄を祈念するゆえんである。 昭和46年12月1日 紀伊長島町」
不勉強な筆者(松田義人:ライター・編集者)には、正直理解が難しいとも感じましたが、果たして江ノ浦大橋は、地元内外から「アルファ大橋」や「アルファ橋」の愛称でも親しまれるようになりました。
旧橋は廃止になるはずが…?
完成後、そのモダンなループ構造などから「地元自慢の橋」となったアルファ大橋こと江ノ浦大橋でしたが、この前後、前述の江ノ浦橋は「役目を終えた」として取り壊される予定でした。
しかし、確かに江ノ浦大橋は頑丈で、トラックなどが走るのには最適な橋でしたが、そのループ構造ゆえに、徒歩で行き来するお年寄りや子どもたちにとっては逆に不便だったのです。その点では江ノ浦橋のほうが合理的であり、ここで住民などから「暮らしの道として、元の江ノ浦橋も残してほしい」という声が多く上がり、取り壊しが中止になりました。
こうして、「クルマや物流のための江ノ浦大橋(アルファ大橋)」と、「人・暮らしのための江ノ浦橋」の2つの橋が残ることとなり、今日に至っています。
また、当初の江ノ浦橋が跳開式で「大型漁船が通行する際に高さが足りない」「引っかかりそうだ」と危惧されていた問題については、1993(平成5)年の橋の架け替え時に、橋の中央部分が水平に持ち上がる昇降式へ改められ、無事解消しています。
「トミカ気分」で実走!
今回、筆者は江ノ浦大橋(アルファ大橋)をクルマで巡り、江ノ浦橋を徒歩で渡ってみました。
三重県・紀北町の旧・紀伊長島町エリア。静かで穏やかな漁村だ(松田義人撮影)
江ノ浦大橋のループ構造は、昭和モダンを感じる土木構造物であると同時に、まるでアトラクションのような雰囲気も満点で、運転していて非常にワクワクしました。たとえるならば、このループ橋をグルっと回って本土側(長島地区)と離島側(中ノ島地区)を行き来すると、まるで自分が「トミカ」に乗って走っているような感覚になれるのです。
また、江ノ浦橋のほうにも実にかわいらしい仕掛けがありました。かつては橋の中央部が昇降する際、電車の踏切のように遮断機が降りる仕組みだったそうですが、現在は故障中とのこと。そのため遮断機の代わりに回転灯を回し、昇降を知らせる仕組みに変更されています。
さらに、その際には警告メロディとして、本土側(長島地区)では『アメイジング・グレイス』が、離島側(中ノ島地区)では『アニー・ロニー』が流れるようになっています。両岸で曲を変えていることも、芸が細かくて楽しい気持ちになりました。
そんな静かな漁村に架かる2つの橋を行き来しつつ、美しい江ノ浦湾を眺めながらいただく地魚は、きっと格別の一品でしょう。紀伊半島を巡る予定がある方は、ぜひ紀伊長島町を訪れ、歴史ある2つの橋を巡りながら、地元の歴史と穏やかな港の空気を堪能することをおすすめします。
