北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の配備するミサイルはおもに発射台が移動式で、これに対処するのは制空権を得ていても難しいとされますが、一方でさほど困難ではないという見方もあります。ポイントは「足元」にありました。
北朝鮮のミサイル戦力 つけいる隙は足元に
2022年に入って北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)がミサイル発射を繰り返しています。政治的メッセージがあるのか、純然たる技術開発実験なのか、訓練の一環なのか、見方は色々あるようです。
2020年10月10日朝鮮労働党75周年パレードに登場したICBMとされるミサイルを搭載する11軸のTEL(画像:朝鮮中央放送)。
そうした情勢を受けて日本では、変則的な軌道を飛翔するミサイルの迎撃の困難さから「敵基地攻撃能力」が議論されています。ところが北朝鮮のミサイルは「TEL(輸送起立発射機)」に載せられて移動できるものが多く、発射前に探知して攻撃無力化するのは難しいとされます。第2次世界大戦期のドイツ「V-2」、湾岸戦争でのイラク「スカッドミサイル」といった例でも明らかなように、制空権を確保していてもほとんどミサイル発射を阻止できていません。
しかしそのような北朝鮮のミサイル戦力にも、泣き所といえるようなポイントが2点あります。1点目が大型のTELはあちこち動き回れないということ。2点目は北朝鮮のTELを維持運用する能力です。
サークル状の舗装道路と管理用施設の建物がわかる北朝鮮の舞水端里(ムスタンリ)ミサイル基地(画像:GoogleEarth)。
1点目の機動力については、TELの大きさと道路事情に端を発します。北朝鮮のTELには5軸式トラックから11軸式の超大型トラック、装軌車(いわゆるキャタピラ車)もあります。短距離用の比較的小型の5軸式ならともかく、日本を射程に収めるような中長射程ミサイルの8軸から11軸式のようなTELは全長20m以上になり、通行可能な道路は極めて限られます。
ちなみに新幹線の中間車の長さは25mです。平壌のパレードに参加するためTELを市街地に持ち込む際にはどうしたのでしょう。パレード専用の「山車」として平壌近郊に保管され、通行道路は拡幅されているかもしれません。
大型TELを実際に使うには整備された平坦な道路と発射点、管理兵站用施設が必要で、限られた基地内を動き回るだけにならざるを得えません。「敵基地攻撃能力」でTELそのものを破壊できなくても、基地内の道路や付帯施設を攻撃するだけでもミサイル戦力を削ぐことができるという見方もあります。
自力では移動させられない? 「足元」は全て外国製を改造
ふたつ目のポイントが北朝鮮のTELを製造し、維持運用する能力です。単純なトラック車台のようですが、大陸間弾道弾(ICBM)は重量が約80tにもなり、TEL自身の重量を加えたら100tを軽く超えます。そのような超大型トラックを製造、維持管理するには相応の自動車工業力が必要です。しかしミサイルは作れてもTEL用トラックは作れないというのが北朝鮮の工業力のアンバランスな実態であり、泣き所でもあるのです。
準中距離弾道ミサイル「北極星2号」を搭載する装軌式(いわゆるキャタピラ式)のTEL。北朝鮮にとっては大型装輪式TELよりも扱いやすいといわれる(画像:朝鮮中央放送)。
TEL用のトラックは全て輸入車です。北朝鮮へのミサイルおよびミサイル部品の輸出は2009(平成21)年6月12日の国連安保決議1874号で規制され、TELに転用できるトラックも対象になります。ところが2012(平成24)年4月15日の金日成生誕100年記念パレードに、8軸式TELに搭載された大陸間弾道弾とされる「火星14号」(アメリカ国防総省呼称:KN-20)が登場しました。このTELは中国国営の湖北三江航天万山特殊車両製トラック「WS51200」がベースであることが判明します。キャビンの外見からも類似性は明らかでした。
2012年4月15日の金日成生誕100年記念パレードに登場した大陸間弾道ミサイル「火星14号」を搭載した8軸TEL。車体の出所は中国だった(画像:朝鮮中央放送)。
湖北三江航天万山特殊車両は、ベラルーシのトラックメーカーMAZと提携しています。WS51200はMAZの技術を流用し、アメリカ企業クミンズ社による出力700馬力のKTTA19C700ターボチャージャー付きディーゼルエンジンを搭載して、最大積載量80tとなっています。前3軸と後3軸が操舵でき、大きさの割に小回りが利くとされます。
2009年以降に中国から北朝鮮へ輸出されたのであれば、明白な国連決議違反になります。このWS51200の入手をめぐる外交情報戦では日本の諜報能力が発揮されました。
2011(平成23)年10月、大阪港にあるカンボジア船籍の貨物船が寄港します。日本の税関と海上保安庁が立ち入り検査を実施、船内の輸出目録に「WS51200」が2011年8月に中国上海から船積みされ、8月3日に北朝鮮の南浦港へ輸送された記載が見つかり、ミサイル関連物資と疑った日本政府はアメリカと韓国に通報します。
日本も貢献 ミサイル関連物資をめぐる情報戦の顛末
日本政府がこのカンボジア船をモニターし、日本に入港したタイミングを失せず、立ち入り検査を実施して中国による国連決議違反の証拠を手に入れた諜報能力はなかなかのものだと思いますが、詳細はいまでも明らかになっていません。一説には、内閣衛星情報センターが運用している情報収集衛星を使って北朝鮮に出入りする貨物船をモニターし続けた情報蓄積の成果、ともいわれています。
日本の外務省は「ただちに安保理決議違反とはいえないと判断した。トラックを輸出しても北朝鮮が改造した可能性もある」との立場を取り中国政府に確認しませんでした。日本の諜報能力を秘匿したかったのが本音のようです。
前述したパレードの4日後、当時のパネッタ米国防長官が下院軍事委員会の公聴会で、北朝鮮のミサイル開発に「中国の協力があったと確信している」と証言したのは、日本の情報収集の裏づけもあったのです。証拠を突き付けられた中国は事実をしぶしぶ認め、木材運搬用だったと釈明しました。これ以降、中国は北朝鮮のミサイル開発への関与を控えるようになったようです。
朝鮮労働党75周年パレードに登場したTEL。WS51200ベースを隠すためかキャビンは改造されているようだ(画像:朝鮮中央放送)。
WS51200の北朝鮮への輸出総数は不明ですが、10台前後といわれます。その後、北朝鮮は大型トラック車台が入手困難になり、それまでに入手していたものの改造を繰り返して使いまわしているようです。2020年のパレードに登場した、ICBMを搭載した11軸式の超大型TELは、WS51200に中間軸を追加して車体長を伸ばしたもののようです。パレードに参加したTELを見ると統一性が無く、調達には苦労している様子がうかがえます。昨年9月15日にミサイル発射が確認された鉄道移動式「鉄道機動ミサイル連隊」は、TEL不足を補完するものではないかとも思われます。
北朝鮮の鉄道機動ミサイル連隊が実射を行ったとされる地点(黄ピン)。線路に2か所のトンネルと北(右上)に管理用らしき施設(赤ピン)が見える(画像:GoogleEarth)。
「ミサイルは心理的兵器」とよくいわれます。実際に使うことより存在をアピールすること自体に意味があります。「敵基地攻撃能力」の議論も必要ですが、そのアピールの正体を見極めることも重要です。
