新幹線や特急列車を利用せず、おもに普通列車でのんびり移動する「鈍行列車の旅」は、特に「青春18きっぷ」のシーズンによく行われます。道中で感じることや車内での出会い、途中下車して得られる発見などを蜂谷あす美さんが紹介します。
鈍行列車なら駅名とともに浮かび上がる景色
毎年春・夏・冬の「青春18きっぷ」シーズンになると、鉄道旅行のなかでも特に「鈍行列車の旅」が注目を浴びます。皆さんはこの鈍行列車旅にどんなイメージをお持ちでしょうか。鉄道旅行初心者向けの媒体などを見ると、「ゆっくり」や「非日常」「まったり」といったたぐいの言葉を目にします。
因美線を走るキハ120形ディーゼルカー(画像:写真AC)。
筆者(蜂谷あす美:旅の文筆家)が「青春18きっぷ」をよく利用した学生時代は、未乗区間を乗り潰す目的もあり、おはようからおやすみまで、とにかくたくさん移動することをよしとしていました。鈍行列車ゆえにゆっくりで、普段とは異なる場所に身を置いていることから一種の非日常ではありましたが、必ずしも「まったり」とは言えません。特に東北本線や東海道本線などは列車の接続が良く、ひたすら対面乗換を続け、食事時間を確保せぬまま青森から東京まで一気に移動したこともありました。しかも「青春18きっぷ」シーズンは、同じ考えのお仲間とひたすら行程をともにすることもしばしば。言ってしまえば鈍行列車旅のなかでも「ゆっくり急ぐ」というパターンでしょうか。
――などと書き続けていると、ハードな面ばかり目立ってしまいますが、鈍行列車旅ももちろん特急列車や新幹線の旅とは違った楽しみがたくさん詰まっています。
たとえば車窓。あくまでこれは私の感覚ですが、特急列車や新幹線に乗っている時よりも、鈍行列車の方が車窓を眺めていることが多い気がします。また、各駅に停車することで、「今、自分がどこにいるか」を確認できるのも楽しいです。普段なら知らないうちに過ぎていく「ただの景色」が、それぞれ駅名という名前を持ったものとして浮かび上がってくるおもしろさがあります。
五能線での出会い 車掌さんとおばあさん
また、ローカル線では通学する高校生をはじめ、地元の人たちと車内という一つの空間で過ごせる点も見逃せません。旅人は皆さんのお邪魔にならないように隅で小さくなりつつ、聴き慣れないイントネーションを耳にしながら、人様の日常生活に紛れ込んだことを感じています。
五能線を走るキハ40形ディーゼルカー(2015年2月、蜂谷あす美撮影)。
こういった鈍行列車旅のなかで一番忘れられないのは、2015年2月の平日に乗った五能線でした。秋田県の日本海側を通り青森県内までを結ぶ路線です。乗客は自分のみで、車掌さんから「どこから来たのか?」と尋ねられたことを覚えています。普段は観光列車の快速「リゾートしらかみ」に乗務されている方らしく、沿線案内もお手の物。運転士さんに掛けあって景色の良い場所で徐行運転、さらには記念写真まで撮ってもらいました。さらに、途中駅から一人のおばあさんが乗車。車掌さんとは顔なじみなのでしょう、「お母さん」と呼び掛けていました。
「あのお客さん、関東から来たんだって。一緒に連れて行ってあげてよ」
それからほどなくして、私はおばあさんと途中の艫作(へなし)駅で下車し、不老ふ死温泉に向かっていました。もちろん、こういった出会いは期待して起こるものではありませんが、鈍行列車の場合は、特急列車や新幹線に比べると「何が起こるか分からない」楽しさが多いと思います。
「青春18きっぷ」で乗れる観光列車からトライするのも
鈍行列車旅は、気楽に途中下車ができるのも良い点です。同じく2015年の6月に山形県の左沢(あてらざわ)線に乗りに行った際は、あえて途中の寒河江(さがえ)駅で目的もなく下車。駅近くのスーパーマーケットで、大好きな「ご当地牛乳」と出会えた時はこの上ない喜びを感じました。別の時に「この辺でお昼にしよう」と下車したところ飲食店が見当たらず、食いはぐれた体験も幾度となくしていますが……。なお、ふらっと下車してしまうと、その後、数時間にわたり列車が来ない路線もざらにありますので、計画は立てておくことをおススメします。
小海線の観光列車「HIGH RAIL 1375」(2017年7月、恵 知仁撮影)。
最後に、いきなり地元色の強い「鈍行列車」に乗ることに不安を覚える場合は、前述の五能線を走る「リゾートしらかみ」などの観光列車をおススメします。窓が広く設けられ、週末には車内でイベントが行われるほか、風光明媚な千畳敷駅などで長めに停車してくれます。さらに快速列車であるため「青春18きっぷ」や乗車券だけで乗車が可能です。「リゾートしらかみ」のように全車指定席の場合は指定席券を買い足せば乗れます。広い意味では「鈍行列車」といえるでしょう。
このほかにも羽越本線の「海里」や小海線の「HIGH RAIL 1375」、山口線の「SLやまぐち号」なども快速列車に該当します。まずはこれらのような観光色を帯びた列車で各地の鉄道旅にチャレンジしたのち、本当の「鈍行列車の旅」へとステップアップしても良いかもしれません。そして余裕が出てきたら、「ゆっくり急ぐ旅」も体験してはいかがでしょうか。