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ボタンでもキーでもエンジンが掛からない!? 運が悪いと「地獄の連打」 米兵を苦しめた「クセ強の軍用車」とは

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人力で軍用車のエンジンを始動

 今やクルマのエンジンは、ボタンを押すだけで始動するのが当たり前です。キーを差し込んで回すことさえなくなり、「始動」という行為をほとんど意識しません。しかし、もしエンジンを人力で始動しろと言われたらどうでしょうか。

Large figure1 gallery8自走する「台車」M274メカニカルミュール(月刊パンツァー編集部撮影)

 草刈り機や小型発電機のロープを引っ張るプルコード式エンジンなら、多くの人が見たことがあるでしょう。調子が悪いと何度もロープを引く羽目になり、腕がだるくなり体力を消耗します。それが数十ccではなく、軽自動車並みの排気量を持つ軍用車だったら……。

 第二次大戦の頃はバッテリー性能が十分でなかったこともあり、人がクランクハンドルを回して始動できる車両はありましたが、あくまでバックアップ用でした。ところがベトナム戦争当時、アメリカ軍にはこのプルコード式でエンジンを始動させるのが標準仕様の車両がありました。それが「M274 メカニカルミュール」です。

「ミュール」とは、馬とロバの交配種であるラバのことです。その名のとおり、M274は兵士や弾薬、食料などを運ぶ「荷役動物」の代わりとして開発された超小型輸送車でした。車体は非常にコンパクトで、空挺降下やヘリコプターによる空輸を前提に設計されています。4×4で悪路を走破しながら重い荷物を運べることが最大の任務でしたが、小型軽量で使い勝手が良く、時には無反動砲を積んで戦闘にも駆り出されるなど前線でも重宝されました。しかし一概に好評だったわけではありません。

 搭載するのは、コンチネンタル・ハーキュリーズ製2気筒2サイクル水平対向空冷ガソリンエンジン。排気量は690cc、出力は約15馬力です。現代の軽自動車とほぼ同じ排気量ですが、問題はエンジンの始動方法でした。

 M274には当初、スターターモーターもバッテリーも搭載されていませんでした。軽量化と構造の単純化を徹底的に追求した結果、エンジンはロープを引っ張るプルコード方式で始動する仕様になったのです。設計者から見れば合理的でした。バッテリー上がりの心配はなく、電装品も少ないため故障も減ります。空輸する際も少しでも軽い方が有利です。

退役後は人気者に 日本でも改造で公道OK

 しかし、その合理性は現場では別の問題を生みました。690ccのエンジンは、草刈り機のエンジンとは比較にならないほど圧縮抵抗が大きく、低い姿勢で全身を使って勢い良くロープを引かなければなりません。しかも一発で始動すればまだ幸運です。

 湿度の高いジャングルや寒冷地、キャブレターや点火系の調子が悪い時には何度も何度も引き続けることになり、兵士たちは「地獄の連打」と呼び「腕が上がらなくなる」「体力をごっそり持っていかれる」と不評でした。

 点火タイミングがずれると、いわゆる「ケッチン」が起き、ロープが猛烈な勢いで引き戻されて手首や肩を痛める事故も少なくありませんでした。さらに、何度も力任せに引くためスターターロープ自体が切れてしまうトラブルも発生しています。

 それで最終型のM274A5では、24V電装系と電動スターターが採用されました。バッテリーやオルタネーターを追加すれば重量は増えます。しかしA5はアルミ部品の採用などで車体自体も軽量化され、重量増加を最小限に抑える工夫が施されました。この改良は大成功で、既存のM274A2も874両がA5仕様に改修されています。

 1980年代になるとM274はアメリカ軍から退役し、大量に民間へ払い下げられましたが、このクセの強い軍用車はアウトドア愛好家の人気者になります。アメリカ各地にはオーナーズクラブが誕生し、専門のレストアショップや中古車販売店まで登場しました。

 さらに人気を集めたのが、助手席用シートとレッグバスケットを前方右側に追加した2人乗りへの改造です。問題のエンジンも、電動スターター化が定番のカスタムとなっています。

 この民間仕様は日本でも見られます。静岡県御殿場市のカマド自動車では、助手席やレッグバスケット、ヘッドライト類が装着され、12Vバッテリーと電動スターター付きの2シーター仕様を取り扱っています。市区町村で軽自動車税の対象として登録すると小型特殊の緑ナンバーが交付され、灯火類や方向指示器など保安部品を追加し自賠責に加入すれば公道走行も可能です。

 価格は、国内に存在する数が少なくアメリカ製の改造パーツが円安の影響で高騰しており、おおよそ250万~300万円が目安といいます。カマド自動車は戦車や軍用車両をレストア、動態保存している「NPO法人防衛技術博物館を創る会」代表の小林氏が社長を務めており、品質とアフターケアは万全です。

 当時の米兵たちと同じ苦労を味わってみたいという人には、プルコード始動仕様もあります。乗るたびに機械技術進歩のありがたさを、身をもって実感できるはずです。

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