目前に迫る首都サイゴン陥落
1960年代、アメリカは南北に分断されたベトナムの紛争に本格介入します。これがベトナム戦争です。70年代に入るとアメリカは撤兵を開始しつつも、依然として南ベトナム政府の支援を続けましたが、1975年春に開始された北ベトナム軍の大規模攻勢は各地の防衛線を破り、ついに4月末、南ベトナムの首都サイゴン(現ホーチミン市)に迫りました。
同胞の救出に派遣された空母「ミッドウェイ」(画像:アメリカ海軍)
陥落が目前となるなか、サイゴンの人々は簡易的な木造船サンパンで、海上へと逃れたり、航空機でタイへと脱出したりしました。北ベトナムの共産主義勢力が、南ベトナムの人々を拘束したり、暴行を行ったりするという噂がさまざまに流され、彼らはパニック状態になっていたのです。
しかしそうやって逃れることができたのはごくわずかな人々だけでした。首都サイゴンには、推定6,000人のアメリカ市民や多数のアメリカ軍に協力した南ベトナム人たちが残されていました。
アメリカ軍は、この事態に対応するため、空母「ミッドウェイ」を中心とした機動部隊に40機以上のヘリコプターを搭載し、彼らの救助に向かいました。「フリークエント・ウインド作戦」の開始です。
助けを求める1機のセスナ機
この時の空母「ミッドウェイ」の艦長はラリー・チェンバース大佐。彼の号令で、艦上のヘリコプターは次々と甲板から飛び立ち、取り残された人々を乗せて、ミッドウェイへと戻ってきます。しかしその人数は膨大で、次第に甲板は人で埋め尽くされるようになり、離着艦スペースを圧迫するようになりました。
フリークエント・ウインド作戦へと向かう空母ミッドウェイの甲板。当時アメリカ軍の主力ヘリであったヘリコプターCH-53が多数登載されている(画像:アメリカ海軍)
そんなとき、一枚の紙きれが甲板に落ちてきました。サイゴンから脱出したセスナ機から落とされたものでした。そこには、「ここにあるヘリを反対側に移動させてくれないか。この機体が飛べるのはあと1時間、どうか助けてください(後略)」と書かれていました。上空を旋回する2人乗りのセスナO-1「バードドッグ」には南ベトナム軍将校とその家族合計6人が乗っていたのです。
チェンバース艦長は選択を迫られました。セスナの降着装置は固定式で、海上に着水すれば間違いなく転覆してしまいます。しかし燃料があと1時間分しかないのであれば、別の空港へ飛んでいくのも難しいでしょう。
一部の幹部の反対を押し切ってチェンバース艦長はセスナの受け入れ準備を空母航空団の隊員に命じました。そして、その命令には甲板上のヘリコプターを海へと投げ込むことも含まれていたのでした。
1機3,000万ドル(現在のレートで40億円以上)ともいわれるヘリコプターが次々に海へと落とされていきます。そこにはアメリカ軍のものだけでなく南ベトナム、CIAのヘリコプターもあったといいます。この決断により、のちに軍法会議にかけられ、そのキャリアが台無しになる可能性は十分にありましたが、チェンバース艦長は、それでもかまわないと覚悟を決めていました。
24時間で7,000人の同胞を救出
チェンバース艦長の英断により、セスナは無事甲板に着陸し6人は無事脱出を図ることができました。セスナが風に飛ばされないように、着陸した機体は乗員たちが素手で捕まえるようにして支えたそうです。無事着陸した際には甲板から大きな歓声が上がりました。
甲板からUH-1を海上へと投棄する空母のデッキクルーたち(画像:アメリカ海軍)
そのあとも次々とヘリコプターは救助した人々を乗せて空母へとやってきます。最終的にミッドウェイで救出した人数は3,000人とも言われています。
空母はもう満員状態です。作戦終盤にはヘリコプターで運んだ人々をロープで甲板へと降ろし、その後ヘリを安全な海上で投棄。脱出したパイロットだけを空母から降ろしたボートで救助する、という方法まで取られたといいます。
覚悟を決め、ヘリの投棄を命じたチェンバース艦長でしたが、実際にはその様子は見ていなかったようです。それについてチェンバース艦長は、「軍法会議の対象になることは分かっていた。その時に、たとえウソ発見器にかけられたとしても、投棄した数は知らないと供述できるようにしておきたかった」「あれが私なりの防衛策だった。今思うとばかげた考えだったが、そのおかげで少なくとも思い切って進む度胸がついた」と後に語っています。
「フリークエント・ウインド作戦」は約24時間で終了し、最終的に約7,000人の人々を脱出させることができました。その後、北ベトナム軍がサイゴンを占領しベトナム戦争は終結へと向かうことになります。ミッドウェイの艦長チェンバースは、もちろん軍法会議にかけられることはなく、今もベトナム戦争の英雄として、サンディエゴにあるミッドウェイ博物館でその栄誉を称えられています。
