アプリでポチッ、来たのは「センサーだらけ」の黒いバン
運転席には人が座っているのに、約20分の走行中、ハンドルにもペダルにも一度も触れませんでした。このタクシーを運転するのは人間ではなく、車載されたAIシステムだったのです――。
自動運転タクシー「GXR」。車体上部にセンサーが見える(布留川 司撮影)。
UAE(アラブ首長国連邦)のアブダビでは、Uberを使って「自動運転タクシー」を利用することができます。に実際に乗ってみました。その走りは驚くほど普通でしたが、料金は少し意外なものでした。2026年6月、筆者は実際にこの未来の交通を利用してみました。
利用方法は、普段使っている配車アプリ「Uber」とほとんど変わりません。サービスエリア内でアプリを開くと、見慣れた車種のリストの中に「Autonomous(自動運転)」という選択肢が現れます。
目的地をアブダビ空港近くのマスダール・シティ・センターからヤス・モールに設定し、自動運転タクシーを依頼。この区間はGoogleマップで約15km、所要時間約20分と表示されます。
しばらく待っていると、屋根や側面に多数のセンサーを備えた黒い車両が到着しました。中国の自動運転技術企業ウィーライドが運行するロボタクシー「GXR」です。ベース車両は吉利汽車傘下の商用車ブランド「ファリゾン」が展開する電動バン「スーパーバン」で、全長は5018mmと、トヨタ「アルファード」よりわずかに長い堂々としたサイズです。
車内に乗り込むと、一般的なクルマとは少し違う空間が広がっていました。前席は運転席のみで、助手席にあたる場所に乗客用シートはありません。その後方に左右独立式の2列目シートと、3人掛けの3列目ベンチシートが配置されています。車両自体は最大5人乗りですが、今回のUberアプリでの定員表示は3人でした。
運転席にはハンドルやペダルが残されており、「セーフティスペシャリスト」と呼ばれる保安要員が座っています。しかし、その役割はあくまで緊急時に備えるためであり、実際の運転は人間が介入しないAIによる全自動で行なわれます。
乗客が座る2列目シートの前方には、タブレット端末が固定されています。シートベルトを締めると、画面に「スタート・ライド(発進)」という青いボタンが表示されました。これをタッチすると、まるでスマートフォンのアプリを起動するように、車両は静かに、そして自動で発進しました。
走り出しは非常にスムーズ。加速や減速、右左折も滑らかで、人が運転するタクシーと比べても遜色ありません。横断歩道に歩行者がいれば手前で適切に停車し、交通量の少ない小道から制限速度の高い幹線道路へ合流する際には、周囲の流れに合わせて力強く加速します。大通りでは時速80km近くまでスピードを出す場面もありました。
なぜアブダビで? 普通に使える「ロボタクシー」の背景
車内のタブレットには、カーナビのように走行地点の地図が表示されています。ただ、単に自車の位置を示すだけでなく、車線や交差点の形状、周囲を走る他の車両なども立体的にリアルタイムで描画。GXRが周囲の車両や車線を認識しながら走っている様子が、視覚的に伝わってきます。
当然ながらセーフティスペシャリストがハンドルやペダルを操作することはありません。その役目は事故の予防や緊急事態への対処であり、通常運行での役割は文字どおりに「座っているだけ」なのです。筆者が乗ったセーフティスペシャリストも「この車はホントに安全ですよ。今後はセーフティスペシャリストが搭乗しない車が増えていきますし、私の仕事も無くなるでしょうね。個人的には悲しいですよ(笑)」と語ってくれました。
自動運転タクシーは、車体に搭載したカメラやLiDAR(ライダー)などのセンサーで周囲を認識し、コンピューターが進路や速度を判断して走行します。世界中で開発や実証試験が進んでいますが、法規制などの制約から、一般客が配車アプリで気軽に利用できる地域はまだ限られています。アブダビは、その数少ない地域のひとつなのです。
ウィーライドは2021年からアブダビでロボタクシーの運行を開始。2024年12月にはUberアプリを通じた有料サービスに参入しました。さらに2025年11月には、ヤス島で運転席に保安要員を乗せない「完全無人運行」をスタート。Uberによると、同社の配車網で完全無人の商用ロボタクシーが走るのは、米国外ではアブダビが初めてだといいます。
このGXRには、レーザー光で周囲との距離を測るLiDARや高精細カメラなど、20個以上のセンサーが搭載されています。車両の周囲360度を監視し、前方は最大約200m先まで検知可能。操舵やブレーキ、演算装置も多重化されており、一部の装置に異常が起きても、ただちに運転能力を失わないよう設計されています。
ただし、こうした高性能センサーだけを頼りに、初めて訪れた街を自由に走れるわけではありません。営業エリアを広げるには、対象道路での走行検証や運行体制の整備、必要な許認可の取得などを進める必要があります。
ウィーライドは2021年からアブダビで走行を重ね、2025年10月までの累計走行距離は80万kmを突破。数年にわたる検証を経て、ヤス島の一部での完全無人運行を実現したのです。
「未来」の値段は…普通のUberより高かった!
外観や車内のディスプレイには未来感があふれていますが、移動体験そのものは、驚くほど普通のタクシーに近いものでした。しかし、料金には少し違いがありました。
現地で利用したUberアプリの画面。Autonomous(自動運転タクシー)がリストに表示されている(布留川 司撮影)。
配車を依頼した際、アプリ画面には料金の目安が表示されていました。同じ区間を走る「UberX」が42~54ディルハムだったのに対し、自動運転タクシーは52~67ディルハム。最低額、最高額ともに、自動運転車の方が約10ディルハム(約430円)高く設定されていたのです。
ウィーライドは、完全無人化によってアブダビの車両単位で損益分岐を達成できる条件が整ったと説明していますが、具体的な収益は公表されていません。公開情報を見る限り、現時点では採算性や最適な運用方法を探る「事業モデルの検証段階」にあるとみられます。
自動運転タクシーは、日本でもドライバー不足を補う有力な選択肢になり得ます。しかし、必要なのは自動運転の車両だけではありません。道路の検証、運行管理、地図やシステムの更新、整備拠点、そして車両を継続的に稼働させるだけの需要がそろって、初めて商売として成立します。日本でタクシー不足が指摘される地方都市などで、この仕組みをすぐに導入するのは、現時点で簡単なことではないといえるでしょう。
アメリカの電気自動車メーカー、テスラも自動運転タクシーの実用化を進めています。2026年9月には、テキサス州オースティンで、ハンドルとペダルを持たない専用車両「サイバーキャブ」をサービスに投入しました。車載カメラを主体に周囲を認識するなど、ウィーライドとは異なる方式で、自動運転の普及を目指しています。
ただし、テスラも商業運行は一部地域に限られています。利用できる場所を広げるには、各地の道路環境に対応し、法制度に沿った運行体制を整える必要があります。さらに、安全性を実際の運行で示し、利用者の不安を解消していくことも欠かせません。
アブダビで体験した走りは、人が運転するタクシーと変わらないほど自然なものでした。その「普通の移動」を支えているのは、長年の検証や運行管理、多くの準備と投資です。自動運転タクシーが身近な交通手段として定着するには、車両の技術進歩とともに、安心して利用できる仕組みを育てていく必要があるのでしょう。
