ヨーロッパの小国が開発した「無人車両(UGV)」について、同国が日本と導入交渉を進めているようです。総人口が日本のわずか100分の1ほどしかない、知る人ぞ知るIT大国が打ち出したUGVには、どのような魅力があるのでしょうか。
人口136万人の国が開発した世界をリードする無人車両
2025年2月11日付の共同通信が、来日したエストニア防衛航空宇宙産業協会幹部のレネ・エハサル氏へのインタビュー記事を掲載。この記事で、エハサル氏は「無人型の装甲車両など一部装備は、導入を目指し既に日本側との交渉が進んでいる」ことを明らかにしました。
「テーミス」の基本車体。車体中央部には各種兵装の装備や貨物、負傷兵などが搭載できる(竹内修撮影)。
1991(平成3)年に旧ソ連から独立したエストニアは総人口が約136万人と少なく、正規軍の国防軍も7000名と小規模です。このため、エストニアは国防と経済新興を兼ねて、防衛装備品の無人化やIT化に注力してきました。国家の全面的支援を受けた同国のミルレム・ロボティクスは、UGV(無人車両)の分野で世界をリードする企業となっています。
ミルレム・ロボティクスを一躍UGVのトップ企業に成長させたのは、多用途UGV「テーミス」(THeMIS)のヒットによるところが大きいのではないかと筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は思います。
テーミスは全長240cm、全幅200cm、全高111cm、重量1450kgのゴム製履帯で走行する装軌式UGVで、走行速度は25~50km/h。通常はディーゼル発電機とモーターで駆動しますが、発電機で作った電力を蓄積するバッテリーだけでも30分から1時間の駆動が可能です。バッテリーだけで駆動するサイレントモード時は、市販の電気自動車と同様、走行時に発生する音は極めて小さくなります。
さらに、コントローラーによる遠隔操作と事前プログラミングによる自律走行が可能で、将来的には複数のテーミスが集団で行動する「スウォーム」運用も計画されています。
テーミスがヒット商品となった最大の理由は、その汎用性の高さにあると筆者は思います。筆者は、2017(平成29)年にUAE(アラブ首長国連邦)の首都アブダビで開催された防衛装備展示会「IDEX2017」でテーミスの実物を見ました。
当時は、何も置かれていない車体中央部のカーゴスペースとその車体形状から、失礼ながら「リヤカーかな?」と思ってしまいました。
じつは、この車体中央部こそがテーミスの汎用性の高さのキモで、機関銃や対戦車ミサイルの発射装置を搭載する遠隔操作式のリモート・ウェポン・ステーションを設置すれば戦闘車両として、逆に何も設置しなければ最大1200kgもの貨物を運ぶ輸送用車両として、それぞれ使用することができます。
ウクライナでは「戦線の救急車」に 陸自も試験導入
テーミスはすでにウクライナの慈善団体に寄贈され、前線で負傷した将兵を医療設備の整った後方へ輸送するための車両として活用されています。
実際にどの程度の人命が救えたのかを示す明確な資料はありませんが、ミルレム・ロボティクスによると、テーミスを使用すれば1名以上の負傷者をオペレーター1名で輸送可能で、かつ重量の大きな医療器具や大量の輸血用血液なども同じくオペレーター1名で前線へ輸送できると述べています。少なからぬウクライナ将兵がテーミスによって命を救われたものと考えられます。
テーミスを採用している国はまだ7か国しかないものの、試験採用した国を含めると、2025年2月現在の採用国は19に達しています。この19か国の中に含まれているのかは不明ですが、陸上自衛隊も試験用にテーミスを購入しており、遠からぬ時期に試験場を走行する陸上自衛隊のテーミスの姿を見られるのではないかと思います。
冒頭で紹介したように、エハサル氏は「無人型の装甲車両」の導入に向けた話し合いを日本と進めていると述べています。陸上自衛隊は試験用とはいえ、テーミスを購入済みですし、そもそもテーミスは装甲が施されていないUGVなので、エハサル氏のいう無人型装甲車両は、テーミスとは別のUGVだと考えるべきでしょう。
日本が導入するかもしれない「もう一つの無人車両」とは?
ミルレム・ロボティクスは履帯(キャタピラ)で走行する「Type-X」と、16式機動戦闘車などと同様にタイヤで走行する「ハボック」という、2種類の装甲UGVの開発を進めています。Type-Xが発表された2020年6月の時点でミルレム・ロボティクスはType-Xの最初の現実的な用途は、基地やコンボイ(車列)の警護になると述べていました。
ウクライナの慈善団体に納入されたUGV「テーミス」(画像:ミルレム・ロボティクス)。
しかし2022年6月にフランスのパリで開催された防衛装備展示会「ユーロサトリ」では、1両の戦車で複数のType-Xを制御して、機械化部隊を構成する「ウィングマン・トゥ・メカナイズド・ユニット」というコンセプトが提唱されていました。
陸上自衛隊唯一の機甲師団である第7師団には、10式戦車の配備こそ進んでいますが、戦車とコンビを組む89式歩兵戦闘車は老朽化と陳腐化が進んでおり、後継車両が求められています。
機甲(機械化)部隊で戦車を運用する場合、物陰に潜んで戦車を攻撃してくる兵士から戦車を守る人間の兵士と、兵士が乗る有人装甲車が必要です。しかし、戦車と共に敵陣を突破する役割の車両は、必ずしも有人である必要はありません。こうした事情を考えると、エストニアから日本に提案されている無人型の装甲車輛は、Type-Xの可能性があります。