迫るラストラン「ノロッコ号」
JR北海道は2026年8月7日、釧網本線で37年間にわたって運転してきた観光列車「くしろ湿原ノロッコ号」の最終運行日が10月10日になると発表しました。10月4日に定期運転を終え、専用ヘッドマークを取り付けたラストランを10月9、10両日に実施します。
「くしろ湿原ノロッコ号」(大塚圭一郎撮影)
運行終了を控えて筆者(大塚圭一郎:共同通信社経済部次長)は「くしろ湿原ノロッコ号」で釧路(釧路市)~塘路(標茶町)間を往復し、1980年に日本で最初のラムサール条約登録湿地となった釧路湿原の美しい景色を楽しみました。運用されている運転台が付いた制御客車は、遠く離れたJR西日本に残る国鉄形通勤電車と“顔面相似形”なのに気づき「あの車両もそろそろ潮時ではないか…」と気になりました。
「くしろ湿原ノロッコ号」は、1989年に初代車両で運行を開始。列車名の「ノロッコ」は、釧路湿原の景色をじっくり眺められるように当初の運転速度を30km/h程度に抑えて「日本一遅い列車」にした「ノロノロ」と、トロッコ車両なのを引っかけて命名されました。
現行車両は、1998年にデビューした2代目。国鉄時代の1977年に登場した客車50系、および50系を改造したトロッコ車両510系を、これまた国鉄時代の1974年に製造された中型ディーゼル機関車DE10形が動かします。
JR北海道は老朽化したこれらの車両を引退させ、後継として豪華観光列車「赤い星」を2027年4月中旬から釧路~知床斜里(斜里町)間で運行します。
当初計画では「くしろ湿原ノロッコ号」の運転を2025年度に終える予定でしたが、「赤い星」および対をなす「青い星」の種車となるディーゼル車両キハ143形に想定を超える腐食とゆがみが見つかりました。整備のために運行開始時期が延期され、「くしろ湿原ノロッコ号」の引退は2026年10月に先送りされました。
車内はなんと満席!ただし半分は…
乗り込んだのは釧路発塘路行き「くしろ湿原ノロッコ号」2号。緑を基調にした塗装で、DE10形を先頭に一般客車の50系1両、トロッコ車両510系3両を牽引します。全車指定席で、釧路~塘路間の片道運賃は大人680円、指定席券が1000円なので計1680円が必要です。
予約していたトロッコ車両は、釧路湿原の見所がある進行方向左手にテーブルを挟んで6人がけのボックスシート、右側には釧路湿原方面を向いた2人がけのロングシートが並ぶレイアウト。テーブルやいすは木でできており、乗り込んだ瞬間に自然の雰囲気を感じられます。
車内は満席で、ラストランを控えて注目度が高まっていることがうかがえます。うち約半分は旅行大手クラブツーリズムの旅行商品の参加者が占めていました。さすがは2025年度の第15回鉄旅オブザイヤーでグランプリに輝いた企業だけあり、乗るならば「今でしょ!」の列車をしっかりと押さえています。
車内では歓声! 団体客がごっそり下りた場所は
窓際の座席に着くと、風を浴びるのがトロッコ車両の醍醐味だけに、周囲の乗客の了解を取って窓を早速開けました。
「くしろ湿原ノロッコ号」から眺めたエゾシカ(大塚圭一郎撮影)
11時6分に釧路を出発した列車は、隣の東釧路(釧路市)までは根室本線を通ります。釧網本線に分岐して遠矢(釧路町)を通過するタイミングで、女性のガイドが車内放送で「皆様、きょうは『くしろ湿原ノロッコ号』にご乗車いただきまして誠にありがとうございます」と案内を始めました。
釧路市、釧路町、標茶町、鶴居村の4市町村にまたがる釧路湿原の面積は2万2000ヘクタールに及び「国内にある233か所の湿原の総面積のうち60%に当たります」と説明してくれました。
そのとき、車内で「ワー」と歓声が上がりました。
進行方向左手の地上に、白い体色で、翼の先が黒いタンチョウがいたのです。さすがは釧路湿原の自然観察とともに、「エゾシカやタンチョウ、キタキツネといった野生動物を探すことができるのも醍醐味」(地元観光関係者)の列車だけあります。
やがて進行方向左手に全長154kmの一級河川、釧路川を望めるようになると、列車は景色を楽しめるようにスピードを落としました。ガイドが車内放送で見えてきた建物について「昭和6(1931)年に設けられました旧岩保木水門です。その後方に広がっているのが釧路湿原国立公園です。ここは、昔は海の底でした」と説明しました。
国土交通省北海道開発局によると、旧岩保木水門は新釧路川(釧路川新水路)を整備した際、平水時に木材運搬などのために釧路川へ分水し、水利や水運の向上を図るために建設されました。1931年の釧網本線の全線開通に伴い、木材輸送が陸上輸送へ転換したため水門は閉じたままとなりました。
ただ、釧路市街地や釧路港の発展を支えた歴史的な土木構造物として評価されており、2024年度に土木学会の「選奨土木遺産」に認定されています。
列車は、名は体を表す駅名の釧路湿原(釧路町)に到着。辺り一面が釧路湿原で、森の中にポツンとあります。
ここでクラブツーリズムの団体客がごそっと降り、車内に空席が目立つようになりました。団体客が向かったのは、徒歩で約15分登った高台にある細岡展望台です。緑一色の湿原が地平線まで続き、S字に蛇行する釧路川を眼下に見下ろせる絶景ポイントです。
細岡展望台は釧路湿原が最寄り駅ですが、ややこしいことに塘路方面へ向かった列車の次の駅名も細岡(釧路町)です。「細岡展望台の最寄り駅は細岡にあらず」というわけです。
細岡は、1993年に改築された平屋建てのログハウス風駅舎が絵になります。この付近は塘路湖からの約9kmを2時間程度かけて漕ぐ釧路川カヌー下りの終点に当たり、駅の約300m先に細岡カヌーポートがあります。
動物コンプリートできた!!
細岡を出発後、ガイドが乗客に対して「この一帯は動物が多く出没いたしますので、ぜひ目を凝らして探してみてください」と呼びかけました。
実はこの先、TBSテレビ系のドラマ「水戸黄門」で由美かおるさんが演じていた名物シーンをほうふつとさせる場面が待ち受けているかもしれないというのです。もちろん、風呂ではありません。
進行方向左手に二つの沼があり、「暑い日になりますと、エゾシカが沐浴している姿を見ることができます」とか。北海道には約70万頭ものエゾシカがいると推定されていますが、この日は空振りでした。それでも、ガイドはすかさず「夏はいい確率でエゾシカの沐浴シーンをご覧いただくことができます。来月もまた是非ご乗車ください」と熱心に売り込みました。
木立の間から垣間見るように眺めていた釧路川が目の前に迫り、大きく蛇行する地点で再び車内がざわつきました。川辺で8頭のエゾシカの群れが安らいでおり、子ジカが親ジカにたわむれていました。
これで探していた野生動物のうちタンチョウとエゾシカを目撃し、残るはキタキツネです。ただし、終点の塘路のプラットホームが見えてきたため、今回はお預けだろうと思った瞬間でした。ガイドは慌ててマイクを握ると「左手にキタキツネです!」と伝え、車内に歓声が響きました。
定刻に到着した塘路まで45分間、目当ての野生動物をコンプリートすることができた大満足の“ノロッコ”体験でした。
顔面を見て思い出す「国鉄形“魔改造”」の系譜
下車してトロッコ車両510系の制御客車を撮影していると、今回初めての乗車だったにもかかわらずデジャブ(既視感)に襲われました。先頭部の中央に貫通扉を設け、緑色を基調にして窓の周囲を黒く塗り、円形の前照灯と後尾灯が縦に並ぶ前面デザイン―。それは遠く離れた兵庫県を走るJR西日本加古川線の103系3550番台と“顔面相似形”なのです。
今回の列車の終点、JR北海道釧網本線の塘路駅(大塚圭一郎撮影)
2004年の加古川線電化に合わせて登場した103系3550番台は2両編成で、国鉄時代に製造された103系の主電動機(モーター)が付いた中間車を先頭車に改造しています。
一方、510系は国鉄時代に造られた客車50系を改造しています。510系の誕生は103系3550番台の6年前ですが、ともに国鉄形車両を先頭部に貫通扉を設ける“魔改造”の過程でうり二つの前面デザインに仕上がったようです。
加古川線の加古川(加古川市)―西脇市間を走っている103系3550番台は老朽化しており、JR西日本関係者は「まだ決まっていないが、227系を新造して置き換える可能性もあるのではないか」との見方を示します。
北の大地で退役を控えた「くしろ湿原ノロッコ号」の510系を目の当たりにしながらも、いつしか遠く離れた103系3550番台の行方に思いをはせていました。
