もと小田急&御殿場線を走った富士急行線の特急
富士急行の全額出資子会社、富士山麓電気鉄道が運行している富士急行線はJR中央線と接続する大月(山梨県大月市)と、世界遺産・富士山を望む河口湖(同県富士河口湖町)の26.6kmを結んでいます。「“富士山に一番近い”鉄道」を掲げる観光客を大きなターゲットとしている路線だけに、バラエティーに富んだ特急形車両が走っています。
富士山麓電気鉄道6000系の「絶叫戦隊ハイランダー」を車内外に装飾した編成。これが「特急」だった(大塚圭一郎撮影)
富士山麓電気鉄道に所属する特急は、小田急電鉄の「ロマンスカー」RSE20000形を譲り受けた「フジサン特急」、JR九州の豪華寝台列車「ななつ星in九州」を手がけた水戸岡鋭治氏がデザインした元JR東海371系の「富士山ビュー特急」の2種類。ともに移籍前は、小田急とJR御殿場線を直通運転して新宿(東京都)と富士山南麓の静岡県東部を結ぶ特急「あさぎり」(現・ふじさん)で運用されていました。
さらに、カーブを高速で走れるように空気ばね式車体傾斜装置を備えたJR東日本の車両E353系を主に使い、千葉・新宿と河口湖を結ぶ特急「富士回遊」も乗り入れています。
ところが、筆者(大塚圭一郎:共同通信社経済部次長)が2026年9月30日に改札機でIC乗車券をかざして富士急行線大月駅に入ると、特急が待ち受けているはずの2番線にいたのは、オールロングシートの通勤形電車でした。
駅の天井につり下げられた発車案内画面でも「10:49 特急 河口湖」と確かに書かれており、「乗車に必要な切符」として「乗車券またはICカードと特急券」と明記されています。なお、全席自由席です。
運賃のほかに特急券の購入が必要な有料特急をオールロングシートの通勤形電車で運用するのは、富山地方鉄道の特急が旧東急電鉄8590系の17480形で運転する場合があるなど、かなり限られます。異色の登板となったのには、納得の理由がありました。
「普通の電車だと思うなよ?」
特急として運用されていた電車は、JR東日本が首都圏の路線で走らせていたステンレス製車両205系を譲り受けた6000系でした。遊園地「富士急ハイランド」の6人組公式キャラクター「絶叫戦隊ハイランダー」を車内外に装飾した2025年10月に運行を始めた編成で、車内のロングシートの大部分はJR東日本時代から変わらない緑色のモケットでした。
先頭および側面の発光ダイオード(LED)の行き先表示が「特急 河口湖」になっているのを確認して乗り込むと、車内の中づり広告部分に掲げられたポスターに目が釘付けになりました。絶叫戦隊ハイランダーの写真の上に「普通の電車だと思うなよ?」の文字が躍っていたのです。
「ロングシート特急」は想定済みだったのか?
この列車を「普通の電車」だと誤解して乗車した場合、確かに目的地を通過してしまうリスクがあります。特急が停車するのは都留文科大学前(山梨県都留市)、下吉田(富士吉田市)、富士山(同)、富士急ハイランド(富士河口湖町)だけのためです。
このポスターは、ロングシートが並んだ通勤形電車に乗り込んだ利用者が「普通の電車だな」とボヤく光景を逆手にとって付けられた標語です。しかしながら、この日は特急に用いられたことで「普通の電車だと思うなよ?」というキャッチコピーが、「普通電車だと勘違いするなよ?」と乗り間違いを防ぐために列車種別を確認させる意味を持っていたのです。
まるで特急の運用に入ることを想定していたかのような、見事な標語でした。
両開き扉の内側にも絶叫戦隊ハイランダーのさまざまな装飾を施しており、シュールなのが「ドドンパピンク」と「フジヤマブルー」が手でハート形を作った写真の上に「別れちゃだめよ」と記した扉です。停車駅で扉が開くと、ドドンパピンク、フジヤマブルーが左右に離れ離れになって「別れ」の時を迎えるのです。
富士急ハイランドを訪れるカップルが多く乗っていることを意識した、かなり攻めた仕掛けです。
行違いのため8分も待つ「特急」
定刻の10時49分に出発した電車は、十数人を乗せて出発しました。スピードをぐんぐん上げていき、特急で運用している片鱗を見せます。
富士山麓電気鉄道富士急行線を走るJR東日本の211系(大塚圭一郎撮影)
ただし、特急と言っても全線が単線で、勾配や急カーブが多い富士急行線のことです。運転席の速度計をのぞいたところ、スピードを出している区間でも速度は60km/h程度にとどまります。
しかも相対式の2面2線のプラットホームになっている谷村町(都留市)の2番線に進入すると、停車駅ではないにもかかわらず赤信号が灯っていました。車掌が車内放送で「列車の行き違いのため、8分停車します」と案内し、特急を待たせた正体はなんと「普通電車」でした。
JR中央線と直通運転する河口湖発高尾(東京都)行きのJR東日本211系がやってきました。ただ、筆者が乗っている特急も通勤形電車を使っているため、行き先表示を確認せずに沿線から眺めていれば普通同士の行き違いにしか見えません。
都留文科大学前を出発後、3駅先の三つ峠(山梨県西桂町)では1分半停車。1面2線の島式ホームの2番線に停まると、反対方向の河口湖発大月行きのフジサン特急を待ちました。
ゆっくりしたペースながらも6000系は定刻に走り、富士山の絶景スポットとして人気の新倉山浅間公園の最寄り駅である下吉田では訪日客が降りていきました。富士山駅で進行方向を変えた後は特急も普通と同じ停車パターンで、富士急ハイランドを経て、終点の河口湖には11時46分に滑り込みました。
今年はあと4回確定!?
この日はなぜ、異色のオールロングシートの有料特急が走ったのでしょうか。それは富士山ビュー特急の車両が点検中で、代走として運用されたためです。
富士山麓電気鉄道の「フジサン特急」(大塚圭一郎撮影)
ただし、クロスシートの富士山ビュー特急と異なるオールロングシートでの運用だったため、大人の特急料金は大月―都留文科大学前間が100円、大月―下吉田・富士山・富士急ハイランド・河口湖間が200円と、それぞれ通常の自由席特急料金の半額でした。
富士山麓電気鉄道によると、富士山ビュー特急は2026年10月21日水曜日と11月25日水曜日、フジサン特急は10月7日水曜日、11月5日木曜日にそれぞれ点検のため運休する予定で、このような場合には「6000系が代走に入ることが多い」(関係者)そうです。
代走の場合、富士山ビュー特急や、フジサン特急に乗ることを目当てにした観光客が肩すかしを食らってしまうのは否めません。一方で、通常とは異なる乗車体験は、ポスターに記されていた通り「普通の電車だと思うなよ?」という結果をもたらしてくれました。
