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これ新車!? やけにクラシカルな「鉄スクーター」がいま買えるワケ 元ホンダ技術者と「ベスパ」を巡る奇跡みたいな話

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イタリア生まれのスクーター「ベスパ」のクラシックモデルが、いまも新車で購入できます。実はアジアでライセンス生産されたものですが、品質は本国を凌駕するとの定評。これが日本にやってきた背景に、元ホンダの技術者がいました。

「鉄ベスパ」は今も買える

 世界中で愛されるイタリア生まれのスクーター「ベスパ」。特に1996年以前の2サイクルモデルは、そのボディ構造から「鉄スクーター」として現行車と区別され、今なお絶大な支持され続けています。

Large bajaj 01インドのメーカー、バジャジによるベスパのライセンス生産モデル(画像:モト・ビート シフトアップ)。

 他方、ベスパはいわゆる鉄スクーター時代から世界中の国々でライセンス生産された歴史もあり、もちろんアジア圏でも多くありました。インド、台湾、タイ、ベトナムなどでのライセンス生産モデルが有名ですが、このうちの通称「インドベスパ」とも呼ばれるバジャジのモデルが、現在も日本国内で新車購入できます。

 実はこのバジャジを1990年代初めに日本で輸入・販売を始めたのが、日本最小バイク「仔猿」などを手がけることで知られるCKデザインの佐々木和夫さん。今回、佐々木さんにアジア地域でのベスパのライセンス生産モデルと、今から30年近く前にバジャジ輸入に至った経緯などを聞きました。

街中を走る90%以上がベスパだった台湾

 佐々木さんは元本田技術研究所の技術者で、主に二輪車の設計などを担当していました。その仕事の縁で、1979年に台湾の会社と日本とを行き来するような生活を1年ほど続けたと言います。

 台湾は当時からバイク王国でしたが、その頃に街中で多く見かけたのがベスパだったと言います。

「私の感覚では90%以上が台湾ベスパで、スーパーカブも走っていませんでした。ただ、その台湾での経験から『日本でも若者の間でも、ベスパのようなスクーターが流行るんじゃないか』と予感しました」(佐々木さん)

 その理由は、「若いうちはお金がなくて乗用車を買えないけど、どこかクルマっぽいベスパのようなスクーターが好まれるようになるんじゃないか」と思ったからだとか。

 佐々木さんの1979年に台湾で受けた予感は的中。1980年代から1990年代の日本では、ベスパがヒットし、特に東京ではベスパ専門店が最も多く存在した時代でもありました。

台湾のベスパ「出来がいい」メーカーのものは?

 一方、佐々木さんが当時台湾で見たベスパはなんと3種類が存在。台湾の百吉発、偉士牌という2種のライセンス生産のベスパ、そしてイタリア・ピアッジオ社のオリジナルベスパの3種類でした。

「この3つのうち、私から見て良いなと思ったのは百吉発とピアッジオ社のオリジナルでした。そこで百吉発をよく調べてみると、インドのバイクメーカーの“バジャジ”がライセンス生産したベスパだったんです。さらにピアッジオ社のオリジナルのベスパと、百吉発(バジャジ)を詳しく見比べてみると、バジャジのほうがよくできていて『これは良い』と思いました」(佐々木さん)

 台湾を行き来する生活を経て、佐々木さんは1980年に「自分が思う通りのバイクを作りたい」としてホンダから独立。以降、バイクのデザインや開発と並行し、二輪専門ライターとして国内外に取材に出向く日々を送っていました。

 余談ですが、佐々木さんの話と筆者の体験が少し合致するところがあります。

筆者は1991年にベスパPX200を購入し、同時期に「同じモデルが台湾で走っているらしい」「しかもピアッジオ社の正規消耗品パーツより秀逸で、しかも安い」と聞きつけ、その翌年に台湾までベスパのパーツを買いに行った経験があります。

Large bajaj 041992年の台北の街角には、朽ち果てたライセンス生産のベスパがゴロゴロ停まっていた(1992年、松田義人撮影)。

 佐々木さんの話とは10年前後の時差があるものの、確かに当時の台湾ではライセンス生産のベスパが多く走っており、良い意味で「カッコ良すぎない」台湾ベスパ、アジアンベスパに興味を抱きました。

日本でいきなり売り出した「インドベスパ」

 そして、それから間もなくして日本国内で突然、輸入販売が始まったのがインドベスパ、バジャジの新車でした。これも佐々木さんの“仕業”だったのです。

「私が独立してすぐの頃、バイクの仕事で当時の東ドイツとやりとりをしていました。東ドイツの展示会などでバジャジのライセンス生産ベスパもよく見ていて、改めて『良いなぁ』と見ていたのですが、こっちは私1人の小さな会社。向こうはインドの大会社だから『日本に輸入させてくれ』と言っても相手にしてもらえないだろうと思っていました』(佐々木さん)

 ところが、1990年に東西ドイツが統合すると、状況が変わったのだそうです。

クラシカルな鉄ベスパ、現在まで生き延びた顛末

「バジャジの東ドイツへの輸入ラインがクローズすることが決まり、試しに付き合いがあった東ドイツの大使に『バジャジに興味があるから日本に輸入できないか声がけしてくれないか』とお願いしたんです。すると、あっさりバジャジから代理店契約を結んでもらえて、それで輸入販売することになったんです」(佐々木さん)

 当時のピアッジオ社によるオリジナルベスパのうち、スモールボディには旧来型のクラシカルなモデルがありましたが、ラージボディにはプラスチックパーツなどが多用され始め、いわゆる「鉄スクーター」としてのベスパの印象がやや薄まった時代でした。

 そんな時代に、佐々木さんが輸入したバジャジは、随所にアジアンな雰囲気を醸し出しつつも旧来型のクラシカルモデル。ベスパファンの間でおおいに注目を浴びました。

「当時のバジャジの細部にも実はプラスチックパーツが付いていたんです。でも、ボディ自体は従来のままだったので『昔のパーツ残っていないの?』とバジャジに聞いたら『ある』と(笑)。それで基本はそのままにしながら、私がクラシカルな部品で再度構成するよう指示をして、『バジャジ・ヴィーナスローマ』という名で日本で販売することにしたというわけです」(佐々木さん)

 当時バジャジの販売を行ったベスパに精通するショップも「ピアッジオ社のオリジナルよりも機構、塗装などの細部ともに優れている」と絶賛するほどでしたが、一定台数を販売した後、佐々木さんが輸入したバジャジの情報を聞かなくなりました。

 それから20年以上が経過した2010年代中盤に「実はデッドストックで数台の新車のバジャジが残っていた」として再販。現在は、横浜市都筑区のバイクショップ、モト・ビート シフトアップで数台の取り扱いが行われています。

Large bajaj 03台湾で存在した複数のメーカーのベスパ。このうちの一つが百吉発(バジャジ)だった(1992年、松田義人撮影)。

「バジャジ本社にも残っていないボディだし、私自身も『もう一度バジャジを再生産させよう』という考えはありません。だからもう残っている数台のみの販売ですけど、今見てもやっぱり素晴らしいスクーターですよ。エンジンがかかるとブルブルとボディ全体が震えて、楽器みたいな面白いエンジンを奏でる。最初に開発したイタリア人がすごいと思うけど、ライセンス生産にしてオリジナル以上のクオリティにしたインド人もすごい。バイクの楽しさが詰まったスクーターだと思います」(佐々木さん)

 奥が深いベスパの世界でもマニア度高めのアジア圏のライセンス生産モデルで、その代表的存在でもあるバジャジの旧式モデル。ベスパファンなら一度はエンジンをかけてまたがってみたい1台だと思います。

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