いわゆる「イージス艦」における戦闘システムの根幹をなすといえるのがレーダーです。最新レーダーと最新システムの組み合わせで、既存の同型艦に比べ戦闘力が飛躍的にアップするとか。カギとなる「AN/SPY-6(V)1」に迫ります。
既存艦アップデートのカギ 「AN/SPY-6(V)1」
2020年7月21日、アメリカの工業メーカーであるレイセオン・テクノロジーズは、同社が開発と製造を担当している艦艇搭載用多機能レーダー「AN/SPY-6(V)1」の送受信アンテナの集合体、「レーダー・アレイ」を初出荷したと発表しました。
アーレイ・バーク級フライトIIIの1番艦「ジャック・H・ルーカス」のイメージ(画像:アメリカ海軍)。
このアンテナ・アレイは2019年12月に起工された、アメリカ海軍のアーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦の最新仕様である「フライトIII」の1番艦「ジャック・H・ルーカス」に搭載されます。
アーレイ・バーク級フライトIIIは、現在公表されているイメージCGなどを見る限りにおいて、外観こそ横須賀海軍施設に配備されている同級の「マスティン」などとそれほど大差ありません。しかし、SPY-6(V)1レーダーと、その能力を最大限に引き出せる「ベースライン10」と呼ばれる、改良型イージス戦闘システムの搭載により、対空戦闘能力と対弾道ミサイル対処能力について、これまでのアーレイ・バーク級に比べ大幅な向上が見込まれています。
アメリカ海軍はAN/SPY-6(V)1レーダーについて、「マスティン」や海上自衛隊のミサイル護衛艦「まや」などに搭載されている「AN/SPY-1」多機能レーダーと比較した場合、半分の大きさの目標を2倍の距離で探知できると発表しています。またアメリカ海軍の公式発表ではありませんが、同時探知可能な目標数も、AN/SPY-1の30倍程度になるとの報道もあります。
アメリカインド太平洋軍司令官のフィリップ・デービッドソン司令官は2020年7月21日、グアムにイージス・アショアを配備したいとの考えを示していますが、そのレーダーはAN/SPY-6(V)1が望ましいとも述べており、これもアメリカ軍のAN/SPY-6(V)1に対する評価の高さを裏付けているといえるでしょう。
アメリカ海軍艦艇の「目」たるAN/SPY-6ファミリー
AN/SPY-6(V)1は「RMA(Radar Modular Assembly)」と呼ばれる、送受信モジュールを複数個組み合わせてレーダー・アレイを構成する仕組みとなっており、AN/SPY-6(V)1は37個のRMAでレーダー・アレイを構成しています。
バージニア州ワロップス島のアメリカ海軍水上戦闘システムセンターで試験中のAN/SPY-6(V)2レーダー(画像:レイセオン・テクノロジーズ)。
さらにレイセオン・テクノロジーズは、9個のRMAを組み合わせたレーダー・アレイを回転させるAN/SPY-6(V)2と、同じく9個のRMAを組み合わせたレーダー・アレイを艦の3か所に固定配置するAN/SPY-6(V)3という、ふたつの派生型レーダーを開発しており、前者はアメリカ級強襲揚陸艦の3番艦以降、サン・アントニオ級ドック型揚陸艦の13番艦以降に搭載されるほか、2020年8月現在、ニミッツ級原子力空母が搭載しているSPS-48/49対空レーダーとの交換も決まっています。また後者もジェラルド・R・フォード級原子力空母の2番艦以降と、新たに建造される新型フリゲート「FFG(X)」への搭載がそれぞれ決定しています。
レイセオン・テクノロジーズは、24個のRMAを組み合わせたAN/SPY-6(V)4という派生型レーダーも開発していますが、このレーダーも「マスティン」など43隻が就役済みのアーレイ・バーク級フライトIIA仕様艦のうち15隻に、現用のAN/SPY-1の代わりに搭載されることが決まっており、今後、就役するアメリカ海軍の水上戦闘艦のほとんどは、AN/SPY-6ファミリーを搭載することになります。
イージス・アショアに代わる「目」として…?
日本では2020年6月24日に河野太郎防衛大臣が、イージス・アショアの配備停止を発表して以降、新たなミサイル防衛のあり方の議論が続いており、防衛省や自民党国防部会などでは海上自衛隊のイージス艦(ミサイル護衛艦)を増強する案も検討されています。
イージス・アショアに装備が予定されていたAN/SPY-7レーダーは、スペイン海軍とカナダ海軍の新型水上戦闘艦への搭載は予定されていますが、アメリカ海軍艦艇に搭載される予定はありません。アメリカ海軍は10年以内にAN/SPY-6を搭載するアーレイ・バーク級を、横須賀を拠点とする第7艦隊に配備する意向を示しています。
AN/SPY-6(V)3レーダーを搭載するジェラルド・R・フォード級原子力空母の2番艦「ジョン・F・ケネディ」(画像:アメリカ海軍)。
もし海上自衛隊がイージス艦を新たに建造するのであれば、第7艦隊、さらにいえばアメリカ海軍との共同作戦能力向上などの観点から、これまで述べてきたAN/SPY-6(V)1レーダーを搭載する可能性が高いと筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は思います。
AN/SPY-6(V)4は、あたご型ミサイル護衛艦とまや型ミサイル護衛艦への搭載も可能となっており、両型のAN/SPY-1をAN/SPY-6(V)1と交換して、弾道ミサイル対処能力を向上させるという手法も考えられます。
海上自衛隊は弾道ミサイル防衛で大きな負担を強いられていますが、AN/SPY-6は保守整備に要する時間が1週間あたり3.5時間未満程度と極めて短く、また整備員の訓練期間もAN/SPY-1に比べて大幅に短縮されているため、イージス艦の稼働率向上や海上自衛隊の人的負担の軽減も期待できます。
新たなミサイル防衛のあり方はまだ不透明ですが、どのような形になった場合でも、海上自衛隊のイージス艦が大きな役割を果たすことに変わりはありません。海上自衛隊の負担を少しでも軽減して、その役割を果たしていく上で、AN/SPY-6レーダーは有益な存在であると筆者は思います。