習近平国家主席が「ゼロコロナ」政策に固執する中国で、新型コロナウイルスの感染拡大によってロックダウン(都市封鎖)された上海に続き、首都・北京市でも緊張が高まっています。市政府が5月12日、市中心部の市民に自宅待機を要請し、食料品の買いだめや学生の抗議行動なども起きました。北京の現状について、ノンフィクション作家で中国社会情勢専門家の青樹明子さんに聞きました。
首都の「メンツ」、ゼロに固執
Q.北京市の新型コロナの状況を教えてください。
青樹さん「5月21日の新規感染者(症状あり)が52人、無症状の感染者が9人と発表されています。われわれからすると少ない数字かもしれませんが、当局は『感染拡大は続いている』と見ています。5月21日、北京市は、感染者を出しているエリアでは、在宅勤務を徹底させ、交通機関の運行停止、飲食店はテイクアウトのみの営業など、厳しい措置を継続させると発表しました。
首都・北京はいうまでもなく、『中国の顔』です。メンツを大切にする中国人にとって、北京は14億人の模範であり、憧れであり、世界中から称賛される必要があるのです。
北京の人口は約2200万人(2021年)で、1人当たり総収入は、中国全体平均値の約2倍あります。政治経済文化の面でも東京と並んでアジア屈指の国際都市であるばかりか、世界遺産も合計7個あって、新旧織り交ざっているところが北京の魅力でもあります。浅田次郎さんがベストセラー『蒼穹の昴』で書かれていますが、『誰でも1週間過ごせばとりこになる』という、国家があらゆる面で最も力を入れている中国の首都なのです。
だから、『ゼロコロナ』政策においても、絶対に『ゼロ』を達成しなくてはなりません」
Q.食料品の買いだめが起きるなど、北京の混乱ぶりが報道されています。
青樹さん「確かに、感染者が増え始めて『もしかしたらロックダウンされるのでは』とうわさが流れた時期があり、市民が食料品を買いだめしました。当時は、上海の感染状況が最悪で、『ロックダウンで食料が手に入らず、餓死者が出た』といったうわさなど、上海の悲惨な状況がSNS上に出回っていました。
北京がロックダウンになるかもしれない、となったとき、最初に大型冷凍庫が飛ぶように売れたそうです。食料備蓄の前に、まず冷凍庫です。北京に住む私の友人も『冷凍庫を買った』と話していました。そして、その冷凍庫を満たすために、スーパーから食料が減り始めたのです。
すぐに北京市政府は『食料は足りている。これからも流通する』と発表しました。ロックダウンのうわさが流れた当初はパニックが起きましたが、長続きしませんでした。食料品の価格は高騰し、品数も減っていますが、上海のようにはなっていません。
『経済の上海、政治の北京』と言われることがありますが、上海や広東に比べると、政治の手が届きやすいのが北京です。新型コロナのいろいろな対策も、政治の街という特性が出て、食料の流通もそれほど滞ってはいません。首都のメンツにかけて、『食料がなくて餓死者が出る』ような事態は防ぐでしょう」
Q.自宅待機の要請も出たそうですが、上海のような市全域のロックダウンにはならないのでしょうか。
青樹さん「北京の場合、上海のように市全体の封鎖ではなく、危険な区域を絞って、封鎖しています。地域ごとの感染拡大のリスクを『低い』『中くらい』『高い』に分けて、危険度に沿って、封鎖の度合い、PCR検査の回数など、対策を変化させています。
例えば、『房山区』という所に有名な宅配会社があるのですが、そこで14人の陽性者が出ました。集団感染です。宅配業者は各地を回るのが仕事ですから、配達員たちの動線をたどり、配達員が回った地域をすべて封鎖したのです。会社の支店がある地区と周辺の村や住宅地も、すべて管理対象、つまり封鎖です。封鎖地区の一軒一軒にテープが張られ、午前中はPCR検査、午後は抗原検査。住民は外出禁止なので、係員が回って採取します。ごみも外に出してはいけません」
学生の猛抗議と、近づく「天安門事件」の日
Q.上海では、習近平国家主席の腹心が住民に罵倒される、という場面が動画で出回りました。そういった反発は北京では起きていないのでしょうか。
青樹さん「北京大学の学生たちが感染対策に抗議する動画が、SNSにアップされて話題となりました。中国国内ではすぐに削除されましたが、日本など国外では、YouTube上で今のところ見ることができます。北京大学など学校はすでに封鎖されていて、学生たちは、心理的に相当追い詰められている中での出来事です。
中国では、大学生はかつて、全員、大学構内の宿舎に、強制的に住まわされていました。現在は緩やかになっていますが、それでも宿舎替わりの寮があって、そこに住んでいます。今回、事件が起きたのは、そのうちの『北京大学万柳公寓』の中にある寮です。ここは大学院生専用で、大学院生に加えて、教職員も暮らしています。
ちなみに、中国の大学は、いわば一つの街で、大学や大学院に加えて、保育園、小学校、中学校、高校があって、教職員の住宅エリアがあって、銀行や郵便局、野菜市場、スーパーもある。すべてがそろっていて、生まれてから死ぬまで、外に出る必要はない、と言われるくらいの『街』です。私も北京滞在時代、よく大学の自由市場に買い物に行きました。
その『北京大学万柳公寓』ですが、感染対策として、北京大学がまず、フードデリバリーの利用を禁止しました。寮では簡単な煮炊きはできても、一般の自宅隔離された人のように料理はできません。フードデリバリーの利用禁止は、学生にとっては大きな問題だったのです。
厳格な移動制限もあり、さらに、学生寮に柵が設けられました。ところが、同じエリアに住む教職員の方には、柵が設けられませんでした。『教職員は出入りできるのに、自分たちはできない』と学生たちの怒りが爆発。猛抗議を始めたのです。
300人ほどが深夜に集結して抗議運動を起こしたのですが、その様子を伝えるYouTubeのコメント欄を見ると、多くの支持を集めています。コメント欄はすべて中国語なので、国外に住む中国人でしょう。『頑張れ』『さすがに北京大学は違う』『自由のために戦え』といったコメントです。中には『私は台湾人、あなたたちを支持する』というものもありました。中国共産党が最も嫌がるコメントです」
Q.学生たちの行動は、社会情勢に影響するのでしょうか。
青樹さん「中国では大きな事件が、大学から起きることがあります。特に『北京大学』はキーワードです。1919年に起きた反日運動の『五・四運動』。これは中華民国の時代ですが、北京の学生運動から始まったものです。
天安門事件(1989年)も学生がきっかけでした。中国国内ではいまだに『なかったもの』とされていますが、天安門事件は胡耀邦氏の追悼をきっかけに学生たちが集まり、民主化を求めるデモにつながりました。
今回も、学生が始めた集会から、大きな事件になる可能性はあります。しかも天安門事件が起きた6月4日がもうすぐやってきます。中国政府は、相当神経を使っていると思います」
Q.中国の専門家が「ゼロコロナの継続は困難」と発言したのに続いて、5月10日には世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長も「ゼロコロナは持続不可能」との見解を示しました。習近平氏は、それでもゼロコロナを続けるつもりでしょうか。
青樹さん「WHOより自分の国、中国共産党の方を信じているのが現状です。中国人は、常に他国との比較で物事を考えます。ほかの国に比べたら、新型コロナの感染状況はまし。だからWHOより自分の国を信じるということです。
今後ですが、5月5日、習近平氏は『ゼロコロナを堅持する』と強調しました。これを境に、上海でも、より厳しい措置が取られるようになりました。一党独裁の体制では、トップが言ったら下は従います。今秋の共産党大会まで変わらないでしょう。『ゼロコロナ』を撤回すれば、習近平氏の3選がなくなるからです。
そんな中で気になるのは、今回の北京大学の騒動のような、学生運動です。私が中国でラジオ番組をしていたとき、民主化運動や台湾独立といった話題とともに、学生運動には絶対触れるな、と言われていました。『日本にも1970年代に学生運動があって…』という話をしようとしても、だめでした。日本の話でも避けるくらい、学生運動に対して神経質なのです。
6月4日が近づいています。特に何もなくても、6月4日は天安門広場を警備する警察官の人数が増え、警戒レベルが上がります。北京大の学生たちは、新型コロナで移動制限がかかっていますから、天安門に行くことはできないと思いますが、当局は、神経質になっているでしょう。注視したいと思います」
オトナンサー編集部