鉄道車両の運転体験は、全国各地で実施されています。今回はその中から、旧神岡鉄道の廃線上で、かつ当時の車両「おくひだ号」の運転体験に行ってきました。クルマ好きからの視点も盛り込み、その様子と感想をお送りします。
「ガッタンゴー」で有名な“廃線”のもう一つの目玉「おくひだ号」運転体験
クルマと違い、誰もが運転できない鉄道車両。そのため、全国各地で行われている運転体験や廃線を活用した軌道自転車などは、人気のコンテンツとして地域の町おこしにつながっているケースもあります。
「神岡鉄道」もそのひとつで、廃線上を自転車で走る「ガッタンゴー」や、廃止前に活躍していた車両の運転ができることで知られています。
神岡鉄道で使用されていた気動車、KM-100形「おくひだ号」。1両のみの製造だが、僚機にKM-151形・151号も存在する。単機の運転体験では101号が使用される。貫通扉のない前面スタイルが特徴(遠藤イヅル撮影)。
神岡鉄道は、1984(昭和59)年に国鉄神岡線を継承して発足した第三セクターの鉄道会社で、JR高山本線の猪谷駅(富山市)と、奥飛騨温泉口駅(岐阜県飛騨市、旧神岡町)のあいだ19.9kmを結んでいました。
2006(平成18)年の廃止後、地元の住民グループによって考案された「ガッタンゴー」が好評を博したことから、2016年には保存してあった神岡鉄道の気動車(ディーゼルカー)、KM-100形「おくひだ号」を復活運転させて大きな話題を呼びました。そして2020年からは、KM-100形の運転体験もスタートする運びとなったのです。
以前筆者は、ガッタンゴー(まちなかコース)に乗って線路上を移動する喜びを経験しました。そこで今度は、おくひだ号の運転体験にもチャレンジしてみることに。おくひだ号の運転体験にはいくつかメニューがありますが、今回はその中からベーシックな旧神岡鉱山前駅ー船岡トンネル間923mを往復できる定期開催運転を選びました。
このコースでは午前5組・午後5組まで枠があり、予約はインターネットで申し込みます。費用は1組2万5000円(税込)、同乗者は1人につき2000円で、参加者には、車内でサンドイッチとコーヒーのワゴンサービスも提供されます。
筆者は鉄道のシミュレーターは何度か行ったことがありますが、ほんものの車両の運転は初めて。期待と「ちゃんと運転できるかな」というドキドキを胸に、運転日の朝を迎えました。
心臓バクバク! でも運転前に色んな動作が必要!
集合場所は、旧神岡鉱山前駅です。駅入口には、数台が駐車できるスペースがありますが、入口右側のスペースでは、道路からのアプローチする角度が急な場所もあり、車高が低いクルマでは注意が必要です。
築堤の上に作られた旧神岡鉱山前駅は当時さながらに残されていますが、ホームへの通路・階段には電気がないので、ちょっとしたダンジョン気分です。運営団体の方や指導にあたる元神岡鉄道の運転士、そして運転体験参加者で集合して挨拶し、注意事項の伝達を受け、いざ「おくひだ号」KM-100形(101号)と対面します。
線路と同様、開業時・営業運転時の姿をそのままに留めるKM-101号は、僚機のKM-151号とともに1984(昭和59)年に新潟鐵工所で誕生。製造コストを抑えるために、多くの部品を国鉄キハ20形気動車から流用していました。車内には囲炉裏を模したサロンスペースが設けられているのが特徴です。
神岡鉄道では旅客輸送用にこの2両のみを所有し、101号は「おくひだ1号」、151号は「おくひだ2号」と名付けられていました。151号も動態保存されており、2両連結して運転体験に供されることもありますが、基本的には101号による単機運転が実施されます。
この日、筆者以外の参加者は、ここでの運転を2桁回数行っているベテランのみなさんで、一連の機器類の操作・運転技術を習熟していました。そしてついに筆者の順番がやってきました。手にはブレーキ弁ハンドルとレバーサーハンドルが持たされ、心臓はバクバクです。
元神岡鉄道の運転士だった運転体験の指導運転士から、機器操作の説明を受ける。頭ではどのような操作が必要か理解しているつもりだったが、いざ着座すると緊張してしまった(遠藤イヅル撮影)。
運転体験は、単にマスコン(クルマでいうアクセル)、ブレーキを使って走らせるだけではありません。鉄道車両はクルマと違い前後に進むため、それに関連する機器や灯火類のスイッチ操作が必要です。
そのため運転台シートに座る前に、指導運転士による指示のもと、ブレーキ弁ハンドルのセット、使用する運転台を選択するスイッチの切り替え、エンジン出力の向きを変更する逆転機スイッチの切り替え、前照灯オン・標識灯(テールライト)オフ、などを行います。切り替えスイッチの操作には、前述のレバーサーハンドルを用います。そして、液体変速機(トルクコンバータ。クルマでいうオートマチック・トランスミッション)の切り替えレバーを、「変速」を意味する「変」に入れます。
速度20キロでも「めっちゃ速い」「停まらないかも!?」
準備が整うと着座して、いよいよ出発です。一般的な鉄道車両の運転台は左側に寄せられていますが、KM-100形ではセンターに設置されており、大きな前面窓も手伝って視界は良好です。
左手でマスコンのノッチを1まで回すと、定格出力230ps/1900rpmを発生する、新潟鐵工所製の12.7リッター水冷直6OHV・ターボチャージャー付き直噴ディーゼルエンジン「6L13AS型」が床下から唸りを上げ、おくひだ号はゆっくりと動き出しました。
なおこの際、足元のデッドマン装置を踏み忘れてはいけません。これは運転士が意識を失うなどの非常事態で有用な安全装置の一種で、KM-100形の場合、足を離すとブザーが鳴り響き、一定時間を置いたのち非常ブレーキが作動します。
旧神岡鉱山前駅を出発するとすぐに転轍機(ポイント)があり、ここは15km/hの速度制限があります。転轍機を車両全体が通過したのち、マスコンを再びオンにして20km/hにアップ。
運転体験では、20km/hが上限速度ですが、体感的にはかなり早く感じます。923mの体験区間はほぼトンネルで、往路は下り勾配。マスコンを切っても20km/hをキープしながら進んで行きます。
トンネルの出口に停車目標があるのですが、どのあたりからブレーキをかけたら良いのかわかりません。指導運転士にタイミングを教えてもらい、ブレーキ弁に手をかけます。KM-100形には、鉄道の世界では一般的な自動空気ブレーキが搭載されています。クルマと違い空気の力でブレーキを働かせるのですが、この操作がたいへん難しいのです。
ホーム上の停止目標に合わせてブレーキを操作する。奥にすぐ立ち入り禁止と記された紐の柵があり、つい強めのブレーキをかけてしまう(遠藤イヅル撮影)。
ブレーキ弁ハンドルを動かす範囲は広いのですが、停車時に用いる「常用ブレーキ」の領域(位置)はわずか。しかも常用範囲がはじまる直前で、一定のブレーキ力を保持する「重なり」と呼ばれる位置には目盛りや明確なノッチがないので、わかりにくいのです。
重なりから小さなストロークでレバーを右に動かして車両を停車させるも、最後は急激にブレーキがかかり、停止目標よりも手前で停車してしまいました。それを防ぐためにはブレーキレバーを戻せば良いのですが、停まらなかったらどうしよう!という怖さもあり、つい戻すタイミングが遅れてしまったのでした。
調子こいたらクラッチがドン!?
ブレーキ弁ハンドルを抜き取り、逆転機の切り替えなど機器類を操作して反対側の運転台に移動。旧神岡鉱山前駅に戻ります。ここでは警笛(タイフォン)を鳴らせるので、足元のスイッチを踏むとプァアン!と警笛が響きました。これだけでもなかなかできない体験です。
復路は出発後の速度制限がありません。ノッチは3まで入れることができます。とはいえ、まず1でゆっくり動き出してから2→3へと動かさないと、液体変速機のクラッチが急につながり、ドン!という大きなショックが発生してしまいます。スムーズに走るために丁寧な操作が求められるのは、クルマと同じなのですね。なお、KM-101形に積まれている液体変速機「DF-115型」も国鉄の廃車発生品。ギアは「変速」「直結」の2段しかありません。つまり2速オートマ!
上り坂のためマスコンを切ると速度がどんどん落ちるので、こまめにマスコンオンで加速して制限速度20km/hをキープ。そのたびに、トンネル内には心地よいエンジンの音が鳴り響きます。とはいえ最初の往復は緊張し通しで、それを楽しむ余裕はありませんでした。
トンネル内の出口付近には信号機が設置されており、ここでいったん停止するためブレーキ操作を行います。信号が青に変更後、旧神岡鉱山前駅構内に進入するのですが、同駅はガッタンゴー・まちなかコースの終点でもあるため、ガッタンゴーが到着して駅構内に人がいる際は、安全のため係員が手旗で駅構内への進入可否を教えてくれます。
この時は白旗=OKのサインだったので、そのままホームの停止位置に向かって走りました。転轍機の速度制限15km/hは、往路と同じです。
トンネル内には信号機があり、ここで一旦停止する。停車のタイミングなどは、指導運転士が教えてくれるので安心(遠藤イヅル撮影)。
さて再び停車位置が迫り、ブレーキをかけます。先ほどよりもブレーキの戻しを意識しましたが、今度は前方に係員が立っているため、停車しなくちゃ!という気持ちがさらに高まってしまい、結局また手前で、しかも急に停まってしまいました。うーん難しい!
ホームページには時間内に最低2往復が可能、と記載されているとおり、2回目の順番が巡ってきました。今度こそ上手に停まりたいと臨んだものの、ブレーキ操作はやはり難しく、思ったような停車はできませんでした。2回目からは、ATS(自動列車停止装置)のスイッチもオンにしてみたので、キンコンキンコンと鳴るATSチャイムを聞き、確認スイッチを操作する実車さながらの体験もできました。
やっぱすごいわ…鉄道の運転士
この日は、幸いなことにその後も運転をする機会がありました。この頃には緊張も解け、本物の鉄道車両を運転しているという実感と感激をひしひしと受け止められるようになりました。指導を受けたこともあり、最後の復路では「階段払い(階段緩め)」と呼ばれる理想のブレーキ操作に少し(だけ)近づけたような気がしました。
とはいえ上達へはまだまだ遠い道のり。実際に鉄道車両を運転する運転士の方々の苦労を思うとともに、その熟練された技がどれだけすごいのかを改めて感じました。
プログラム終了後はホームに再び全員集合。指導運転士からの講評を受け、記念のクリアファイルや参加賞を受け取って解散です。終始アットホームで、和気藹々とした雰囲気が印象的でした。
「重連」も運転できます!
本物の鉄道車両を往復1.8kmも運転できる喜びは思った以上に素晴らしい経験で、マスコンのノッチを1に入れて気動車が走り出した瞬間は、ほんとうに感激しました。クルマ好きなら、12.7リッターの巨大なディーゼルエンジンを動かせることにも感動できるかと思います。
定期運転では、旧神岡鉱山前駅の構内検修線を往復するコース(1組1万2000円)、旧神岡鉱山前駅-旧飛騨神岡駅1200mの往復コース(1組2万5000円)などのほか、KM-101号+151号の重連運転、ガッタンゴーの開催が終了する秋以降に設定される単機・4000m(1組5万円)という夢のようなコースも用意されています。
ホーム上にはレトロなフォントの駅名サインが。廃線前はデザインされた表示板だったので、新たに貼られたものと思われる(遠藤イヅル撮影)。
また、定期運転が開催されない土曜日には、「オンデマンド運転」(1組1万円)での運転体験も実施されています。オンデマンド運転は1往復のみの運転で、ワゴンサービスはありませんが、ブレーキ操作の練習のために何度も運転区間内で停車できるほか、ファミリーでの参加などにも向いています。
定期運転は各コースともに2024年内での開催が残っており、11月3日現在ではまだ空き枠もあるようです。ぜひ、ほんものの鉄道車両を運転する感激と感動を体験してみてください。