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FMラジオが輝いていた昭和時代、東京・湘南の風景が鮮やかによみがえる「エアチェック」を振り返る

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「エアチェック」とは何か

 最近、筆者(増淵敏之。法政大学大学院政策創造研究科教授)の知人がフェイスブックに、

「カセットテープを廃棄してしまい、もったいなかった」

と書いているのを見かけました。どうも「エアチェック」して、保存したものだったようでした。貴重な楽曲でも入っていたのでしょうか。

 すっかり死語になりましたが、エアチェックとは、ラジオなどの放送を録音することです。筆者も昔はよくエアチェックをしていました。ラジカセの前で、イントロがナレーションに被らない楽曲をなるべく雑音が入らないよう、注意して録音した思い出があります。

1970~1980年代、多くの人たちがFMラジオにかじりついて音楽を楽しんでいた(画像:写真AC)

 そういえば筆者も20年ほど前に札幌から東京に引っ越しする際、カセットテープを「断捨離」した記憶があります。実際に日常生活から消えて久しかったからです。現在はデジタルの時代となり、音楽はストリーミングで聴くという生活にすっかりと移行しました。

 1970~1980年代はエアチェックの全盛期でした。三鷹市のレンタルレコード店の黎紅堂(れいこうどう)が開店するのが、1980(昭和55)年なので、それ以降はレンタルにシフトしますが、エアチェックはその後もまだ健在していました。

 この背景にはFMラジオの多局化がありました。日本では1960(昭和35)年からFM東海(現在のFM東京)が実験放送を始め、民間FM放送局では1969年のFM愛知が最初です。NHKは1964年から全国各地にFM放送局を開局し、1969年に全国で本放送を開始します。なお、FMラジオがAMラジオより良い音質なのは、放送方式の違いによるものです。加えて、モノラルではなくステレオ放送です。

 筆者は1981(昭和56)年から1994(平成6)年まで、FM北海道(AIR-G’。札幌市)にディレクターとして勤務していました。当時は、

・週刊FM(音楽之友社)
・FM STATION(ダイヤモンド社)
・FMレコパル(小学館)

などのFM情報誌があり、各誌が部数を競い合っていました。リスナーはそれらを手掛かりに、ラジオの前にかじりついてエアチェックしていたのです。

 1980年リリースのRCサクセション「トランジスタラジオ」は、当時の空気感を見事に伝えてくれる楽曲です。同曲は、学校の屋上における「若者とラジオの距離感」を示し、流行りの楽曲を聴く手段として際立たせています。

当時「湘南ソング」が多かった

当時「湘南ソング」が多かった

 そんな風にして、筆者もエアチェックしたオリジナル選曲のカセットテープを聴きながら、夏は海へとドライブに行ったものです。勤務していた札幌のFM局でももちろん、夏はサザンオールスターズ、松任谷由実、山下達郎、TUBE、杉山清貴&オメガトライブ、角松敏生などの定番サマーソング特集を番組で行っていました。

夏の湘南の海で波を待つサーファー(画像:写真AC)

 当時を思い出してみると、「湘南ソング」が多かったような気がします。しかしプライベートはまた別の選曲で楽しんでいました。その頃によく聴いていたのが、岩崎元是(もとよし)&WINDYでした。1986(平成61)年に「夏の翼」がヒットし、翌年の「まるで天使のように」も印象深い一曲でした。名盤「ア・ロング・バケイション」(1981年)で知られる大瀧詠一を連想させる「ウォールオブサウンド」という制作手法に特徴があり、今でも聴くと懐かしい気持ちになります。

 当時はバブル期に近づきつつある頃で、小樽市の銭函(ぜにばこ)周辺には、お洒落なオーベルジュ(宿泊施設を備えたレストラン)やカフェなどがオープンし始めていました。なおバブル期とは、1980年代後半から1990年代初頭における経済好況期のことで、1987(昭和62)年には東京都の商業地が対前年比80%も上昇。当時の東京都の山手線内の土地価格全体で、アメリカ全土が買えるという算出結果も出ていました。

 バブル期は、ホイチョイプロダクションによる映画が話題になりました。「私をスキーに連れてって」「彼女が水着に着替えたら」「波の数だけ抱きしめて」が3部作として有名です。後者の2作は「湘南」が主な舞台となっています。おそらく東京の若者は自分で選曲したポップミュージックと一緒に、近隣の「湘南」に出かけたことでしょう。

「彼女が水着に着替えたら」では、サザンオールスターズの楽曲が多く使われ、「波の数だけ抱きしめて」ではミニFM局が登場。全国にコミュニティFMができる前はこのような微弱電波を使用した可聴範囲が狭いFM局が流行りました。

 そのため、筆者にとっての「エアチェックの夏」はバブルに向かう時期の記憶が大半です。今思うと、耳にやさしい音というのか、カセットテープは意外といい音がしていた気がします。のちに、東京のレコード会社にA&R(ディレクター)として転職してからアーティストのレコーディングにロスアンジェルスまで同行したとき、現地のエンジニアがカセットテープの音が一番好きと言っていました。

再評価されるカセットテープ

再評価されるカセットテープ

 それ以降、東京のレコーディングスタジオで早朝まで作業した後、車の中で録ったばかりの音源をカセットテープで聴きながら、自宅まで帰る時間が楽しみのひとつになりました。その頃はバブル期の後で、FMラジオはエアチェックの対象ではなくなり、東京の熱もトーンダウンし始めました。現在の東京はその延長線上にあるように思えます。

オリジナルのカセットテープの魅力、再び(画像:写真AC)

 現在、筆者の手元にカセットテープは一本もありません。確かに勿体ないことをしたような気もします。しかし現在は、ストリーミングやYoutubeなどで当時の音源を楽しめるので、それほど不便ではありません。

 自分の好きな曲だけを集めたオリジナルのカセットテープは、今では「プレイリスト」と呼び名が変わっています。しかし過去を振り返ってみると、懐かしさと眩しさを伴って「エアチェックの夏」が記憶の彼方で揺らぐのです。

 近年、アナログレコードが復活したように、カセットテープも再評価されているようです。噂によればカセットテープ専門店が中目黒にあるとのことです。カセットテープの音は、人によって聴感が違うのでしょうが、深みのある音という人もいたり、心地よい音という人もいます。筆者としては優しい音という感じなのですが、今思えばとても懐かしい音ともいえます。

 1970~1980年代の日本のポップミュージックが脚光を浴びる中、皆さんも当時のカセットテープライフを改めて体験してみてはいかがでしょうか。若い人も、未知なる音楽世界に出会えるかもしれません。

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