大ヒット映画『トップガン マーヴェリック』では、現実にはありえないシーン、F-14戦闘機を熟知した者しか知りえない動作などが盛り込まれたシーンがあります。どういったものでしょうか。
アメリカ海軍の全面協力で制作
2024年11月に日本の地上波で放映され話題となった、大ヒット映画『トップガン』のシリーズ二作目『トップガン マーヴェリック』。一作目に続いて二作目もアメリカ海軍の全面的な協力を得て撮影されており、実機を用いた空撮をはじめ海軍関係者がアドバイザー役を務めています。第一作では、演出のために現実ではあり得ないシーンが数多くあったことが海軍OBらのコメントから知られています。
こうした事情をどこまで参考にしたのか明らかではありませんが、『トップガン マーヴェリック』でも現実にはあり得ないシーンが依然あったとか。反面、F-14戦闘機を熟知した者しか知りえない動作やしぐさも含まれており、これがF-14の元乗員らをうならせる場面もあったそうです。そうした場面をいくつかご紹介しましょう。
F/A-18「スーパーホーネット」の複座型であるF型。前席に機体操縦をするパイロットが、後席にセンサーや兵器を専門で操作する兵装システム士官(WSO)が乗り込む(画像:アメリカ海軍)。
まず、現場経験者から見て「あり得ない」といわれる場面から見ていきます。
・空母を発艦して敵地に向かう途中、友軍が発射したトマホーク巡航ミサイルと並んで戦闘機が飛行するシーン。間隔があるとはいえ、衝突の危険性や集団で飛行することにより敵レーダーから探知されやすくなる理由などで現実的ではありません。
・海軍士官学校への進学を希望していたルースター(前作で亡くなったマーヴェリックの戦友の息子)が、主人公のマーヴェリックの妨害によって入学が遅れたことを恨む設定があります。マーヴェリックは海軍大佐でそれなりの階級ではありますが、海軍大佐が士官学校の入学者選抜に影響力を行使することはありません。国会議員の推薦を受けた候補生が有利に扱われることはあるものの、特定の候補生を差別することは誰にもできないそうです。
まだまだある「ありえない」ポイント
・敵機の攻撃を受けた後、パラシュートでの脱出に成功したマーヴェリックとルースターが敵のF-14戦闘機(前作のマーベリックの愛機と同型)を盗んで離陸するシーンがあります。このとき敵の飛行場はトマホークミサイルによる攻撃で滑走路が破壊されたため、誘導路を使って離陸することを決断します。
ここでは短い誘導路から離陸するために主翼を全開にするのはよいとして、低速飛行のときに用いる高揚力装置「フラップ」を使っていません。離陸時には主翼を全開にして主翼のフラップなどを使いて離陸することが望ましく、フラップを使用しないで離陸するとかなり滑走距離が長くなってしまいます。
・マーヴェリックの自家用機として第二次大戦の戦闘機、ノースアメリカンP-51「ムスタング」が登場します。飛行可能で状態のよい機体は数億円ともいわれるP-51を、海軍大佐が所有しているのは経済的にかなり無理があるといえるでしょう。なお、このP-51は、マーヴェリックを演じた世界的な俳優、トム・クルーズの個人所有機であることは有名です。
・F-14戦闘機の特徴は何といっても「VG翼」と呼ばれる可変後退翼です。低速飛行時は翼を広げて浅い後退角になり、高速飛行時は翼を後退させます。この角度調整は飛行状態に最適な角度をコンピューターが計算して自動的に行われます。この自動制御をOFFにしてマニュアル制御することも可能ですが、角度に応じた制限速度があります。マーヴェリックは敵戦闘機との空中戦において、この自動角度調整をあえてOFFにして翼を広げて敵機と戦うシーンがあります。高速飛行時に翼を広げて激しい動作を行うと機体の構造を損傷してしまう恐れがあるため、空中戦に勝利しても無事に帰投できない可能性があるとの指摘があります。
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細部まで観察するとほかにもあり得ないシーンはあるのですが、主なものは以上です。
逆に、細部まで忠実に再現されていて関係者が感心したシーンも多くあります。
関係者にとっては、とくに前作のマーヴェリックの愛機F-14の現役時代を思い出す懐かしい場面だそうです。ここからは、そのシーンを紹介していきます。
「現場分かってる!」とF-14操縦士が驚くシーン
・敵のF-14を盗んで敵国からの脱出を決心したマーヴェリックとルースターが急いでF-14の始動をはじめるシーン。ホームベース(本拠地)であれば、機体各部に取り付けられているカバーやピンを外す作業を地上スタッフが行います。ただ、このシーンのように地上スタッフの手を借りることができない出先の飛行場では、乗員自らが行うそうで、これが再現されています。
・エンジン始動の手順について、機種ごとの違いが再現されている点。F/A-18は、機内にAPUと呼ばれる補助動力装置を持っているため自力でエンジンを始動することが可能ですが、F-14にはAPUが搭載されていないため、外部スターターユニットをつないでエンジンを始動させます。作中でマーヴェリックがルースターに操作方法を教えた機械がこれです。
・F-14には折り畳み式のはしごが内蔵されていて、それを使って乗員はコックピットによじ登ることができます。このはしごは乗員が乗り込んだ後に地上スタッフによって折り畳まれますが、地上スタッフがいない出先の飛行場では、パイロットがはしごを上った後に後席に乗るレーダー管制士官(RIO)が梯子をたたみ、RIOは尾翼を足掛かりにして機体に上り胴体上を歩いてコックピットに乗り込みます。これも再現されているポイントです。
・F-14のコックピットは前席のパイロット席には飛行計器が中心に配置され、レーダー操作を担当する後席のRIO席にはレーダーをはじめ電子機器類が配置されています。
RIO席に初めて乗ったルースターが「サーキットブレーカーが300もある。」という台詞、そして、敵を一掃して空母と連絡を取るためにUHF(極超短波)無線機のスイッチに関してルースターがマーヴェリックに質問すると「それは(おまえの)親父さんの専門だ。」と答える場面は実際に乗っていた者にはとても懐かしく感じたシーンだったようです。
アメリカ海軍のF-14「トムキャット」戦闘機(画像:アメリカ海軍)
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こういった経験者からのコメントが寄せられていますが、『トップガン マーヴェリック』では、前作に比べて、より細部にわたって綿密な検討や実際の現場の再現を踏まえて製作された作品ということは間違いないでしょう。
それらを鑑みると、航空機を題材にした映画で『トップガン マーヴェリック』を超える作品を撮るのは相当難しいのでは、と筆者(細谷泰正:航空評論家/元AOPA JAPAN理事)は想像しています。