自衛隊派遣の根拠となるかもしれない「調査研究」とは?
2026年2月28日に発生した、イランに対するアメリカとイスラエルによる攻撃を契機として、中東情勢はその緊迫度を大きく増しています。なかでも、イランの軍事組織であるイスラム革命防衛隊は、ホルムズ海峡を通航しようとする特定船籍の外国船舶を攻撃すると宣言し、同海峡を事実上閉鎖しました。すでに、タンカーなど多数の民間船舶に攻撃が加えられているほか、一部報道ではイランがホルムズ海峡に機雷を敷設したとの情報もあります。
自衛隊が取り組む「ソマリア沖・アデン湾における海賊対処」の、第31次派遣海賊対処行動水上部隊として活動した海上自衛隊の護衛艦「いかづち」(画像:海上自衛隊)。
ホルムズ海峡は、ペルシャ湾とオマーン湾の間に位置し、最も狭いところでは幅が約33kmという海峡です。ここを、全世界の石油および液化天然ガス(LNG)供給量の約2割がタンカーによって通過するという、まさに世界規模での海上交通の要衝と言えます。そのホルムズ海峡が閉鎖されたとなれば、世界経済に与える影響は計り知れません。
そこで、アメリカのトランプ大統領は、日本を含めた各国に商船護衛のため艦艇を派遣することを求めてきています。本稿を執筆している2026年3月16日現在、日本政府はこの要請に応えるか否かを明確にはしていません。しかし、ロイター通信が同日報道したところによると、日本政府は「情報収集」を名目に海上自衛隊の護衛艦を派遣することを検討しているといいます。
この情報収集は、より正確には「防衛省設置法による調査研究(以下、調査研究)」といいます。これはいったい、どのようなものなのでしょうか。
そもそも、日本政府が「〇〇省」というものを設置するためには、国家行政組織法第3条2項に基づき、「××という任務を行うための〇〇省を設置します」という内容を定めた法律を制定する必要があります。つまり、防衛省を設置するための法律がこの「防衛省設置法」というわけです。
そして、この防衛省設置法では防衛省がつかさどる事務(所掌事務)についても規定されていて、そのなかのひとつに「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと」(同法第4条18号)というものがあります。これが調査研究です。この調査研究の規定を分かりやすく言い換えると、「防衛省がつかさどる事務を行うために必要な、調べものや研究を行うこと」となります。
便利な「調査研究」 そのメリットとデメリット
防衛省および自衛隊はこの調査研究を、非常に使い勝手のよい便利な規定として様々な場面に活用してきました。たとえば、日本周辺地で怪しい動きがないかどうかを自衛隊が艦艇や航空機を使って常時監視している、いわゆる警戒監視活動について、防衛省がその活動の根拠としているのは調査研究です。これは、防衛省が警戒監視を「日本を防衛するという防衛省の所掌事務の遂行に必要な調査および研究」ととらえているためです。
アメリカ海軍の空母「キティホーク」。2001年12月23日、アフガニスタンでの作戦を終え、横須賀へ帰港した(画像:アメリカ海軍)。
さらには2001(平成13)年に発生した「9.11同時多発テロ」を受けて、同月に神奈川県の横須賀基地から出港するアメリカ海軍の空母「キティホーク」を、海上自衛隊の護衛艦がエスコートした際も、日本政府はこれを警戒監視活動の一環としてとらえ、その法的根拠は調査研究であると説明しました。
また、調査研究を実施できる地理的範囲は、「防衛省の所掌事務の遂行に必要な範囲であるか否かとの観点から決められるべき」というのが日本政府の立場で、つまりこれに関しては特段の制約はないというふうにとらえることも可能です。
実際、2019(令和元)年に今回と同じく中東のホルムズ海峡付近にて民間船舶が襲撃を受ける事例が発生した際、日本政府は翌年の2020(令和2)年に海上自衛隊の護衛艦と対潜哨戒機を中東地域へ派遣しましたが、この時の法的根拠がまさに調査研究でした。
このように、調査研究という規定は平時に自衛隊が活動する際の法的根拠という面では非常に使い勝手のよい規定ですが、その反面で武器を使用することができないというデメリットも存在します。たとえば、自衛隊法上の「海上警備行動」や「治安出動」であれば、「こういった場合に武器を使うことができます」という規定が盛り込まれています。
しかし、すでに見た通り調査研究にはそれがありません。つまり、調査研究を根拠として警戒監視活動を実施する場合、派遣される自衛隊の艦艇や航空機が武器を使用するためには、そのための法的根拠が別途、与えられていなければならないのです。
自衛隊派遣で考えられる活動内容とは
それでは、仮に日本政府が調査研究を根拠として海上自衛隊の護衛艦や哨戒機を派遣すると決めた場合、その活動内容はどのようなものが考えられるのでしょうか。まず、調査研究はあくまで情報収集が目的であるため、トランプ大統領が求めている商船護衛にはなじみません。おそらく、活動海域も懸案であるホルムズ海峡よりも南方のオマーン湾やアラビア海北部に限定されると筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は考えます。
アラビア半島周辺の海域図(国土地理院の地図を加工)。
ただし、不測の事態に備えて武器使用権限は別途付与されることになるでしょう。それが。自衛隊法第95条に規定されている「武器等防護のための武器使用」です。
これは、日本の防衛力を構成する重要な物的手段たる自衛隊の武器等を破壊や奪取から守るための武器使用権限を、その任務を与えられた自衛官に付与するというもの。事前に武器等を退避させたり、人に危害を加えられるのは正当防衛または緊急避難に該当する場合に限るなど、武器使用には厳しい要件が課されています。
しかしそのおかげで、日本の領域外で他国軍からの襲撃に対処したとしても、これは憲法上その行使が禁じられている武力の行使には当たらず、そのため憲法上の問題は生じないというのが日本政府の見解です。そのため、派遣される護衛艦の乗員に「自分の艦を対象とした武器等防護のための武器使用」を命じておけば、仮にイランの革命防衛隊からミサイル攻撃を受けたとしても、これに対処することが可能です。
そして、基本的に武器等防護のための武器使用は、自衛隊が保有する武器等を守ることを目的としていますが、その効果がそれ以外のものに及ぶことがあり得ます。たとえば、海上自衛隊の護衛艦が自艦防護のため、接近する自爆型無人機を撃墜したとします。このとき、たまたま民間船舶が護衛艦と接近した状態で並走していたとすると、自艦防護が結果的にこの民間船舶をも防護したことになるというケースがそれです。つまり、極めて限定的な場合ではありますが、武器等防護により商船護衛を行うことも不可能ではありません。
ちなみに、先述した2020年に開始され、現在でも継続中の中東地域における情報収集活動に従事する海上自衛隊の護衛艦には、その乗員による武器等防護が可能なように権限が付与されていると、2020年3月17日に当時の河野太郎防衛大臣が国会で答弁しています。もし、海上自衛隊の護衛艦が調査研究を根拠にホルムズ海域周辺へと派遣される場合には、現在実施されている中東での情報収集活動は、その重要な先例となるでしょう。
ただし、こうした国内法上の整理が、必ずしも国際法上の問題を起こさないとは限りません。たとえば、日本国憲法上は武力の行使に当たらないとしても、国際社会からは国際法上の武力の行使(use of force)とみなされ、別途国際法上の説明を求められることになるかもしれません。日本政府による理論整理がどのように行われることになるのか、注目されます。
