オ・セヨンさん
2024年3月に日本公開された韓国映画、『成功したオタク』。
"推しが性犯罪者になった"アイドルオタクたちの感情を追ったドキュメンタリーで、日本のアイドルオタクの間でも話題となりました。
7月3日には、監督のオ・セヨンさんの撮影日誌や仲間たちへのインタビューなどをまとめた本『成功したオタク日記』(すばる舎)が、日本で発売されました。
自身の元推しが性犯罪で逮捕され、映画制作を始めたセヨンさん。日本でも起こっている芸能界の性加害問題について、どう見ているのでしょうか。
"推し"について聞く連載「好きってなんなん?」第11回では、オ・セヨンさんに、韓国と日本のアイドルオタクの違いを聞きました。
(通訳:桑畑優香さん、李佳珍さん)
韓国のアイドルオタクは"家族"
まずは、韓国の推し活事情を聞いてみました。韓国語で、"推し活"は「ドクチル」。"推し"は「チェエ(最愛)」と言うんだそう。
「チェエ」のほかに、セヨンさんは、映画や本で、元推しのことを「オッパ」と呼んでいます。「オッパ」は、実の兄や親しい年上の男性を呼ぶ言葉です。
「本来は年上に使う言葉ですが、推しのことは、年齢関係なく『オッパ』と言いますね。自分の中でつぶやく時や、推しに会った時は『オッパ』と呼びます。
私は学生時代にオッパを推していて、いろいろな影響を受けました。歌をたくさん聴くのはもちろん、『勉強しなきゃ』という気持ちももらい、ファッションも真似していました」
『成功したオタク日記』では、セヨンさんのかつての推し活の中で、印象的なエピソードが紹介されています。セヨンさんが旅行していることをファン交流掲示板に投稿したところ、なんと、同じ人を推している見ず知らずのファンから「友達が現地のホテルのシェフをしているので、私の名前を出してください。食事代を持ちます」という申し出があったそう。
『成功したオタク日記』(すばる舎)
K-POPファンの間には、ライブ会場などでちょっとした「ソンムル(プレゼント)」を交換し合う文化があります。なぜ韓国では、こんなにもファン同士で交流するのでしょうか?
「韓国には、"所属感"を大事にする文化があります。ファン同士でも、お互いを大切にして、家族のように思う文化があるのかもしれないです。
韓国は個人主義ではなく、何をするにも『一緒に』という意識があります。たとえば、一人でご飯を食べる習慣も、韓国ではつい最近始まったばかりなんです。推し活をする時も、一人ではなく誰かとするのが当たり前です」
「オタク仲間を見つける時には、『トゥウィト(Twitter)チング(友達)ソゲ(紹介)』を縮めた、『#トゥッチンソ』というハッシュタグを使って自己紹介します。そこで同じファンの人と出会い、一緒にご飯を食べたりして仲良くなるという文化が、私が幼い頃からありました」
通訳をしてくださったすばる舎の李さんと記者は、日本の男性アイドルのファン経験者。ライブ会場などで知らないファンと関わる機会はほとんどなかったので、「全然文化が違いますね」と盛り上がりました。
"過ぎたこと"になっているのが不思議
続いて、セヨンさんの元推しも手を染めてしまった、芸能人の性犯罪について。
韓国では、徹底的に罪を追及するのが一般的なようです。本や映画に登場するセヨンさんの友人の中には、「待ち続けているファンはどうかしている」「代償を払うのは当然」と、元推しを強く非難する人もいました。
セヨンさんもやはり、韓国よりも日本のほうが、芸能人の性犯罪に対してどこか寛容な風潮があるように感じるそうです。
「ほとんどインターネットくらいでしか知らないのですが、それでも、性犯罪に関する日本との雰囲気の違いは感じます。
「たとえば、真相究明が必要な日本の俳優の話を聞いたことがあるんですが、日本の人に『あの人どうしてる?』と聞くと、『今も元気に活動しているよ』と返ってきたりして。"過ぎたこと"というふうになっているのが、不思議な感じがするんですよね。
韓国の場合は、真実なのか否かがある程度はっきりしないと、表舞台には帰ってこられません。日本とは違う感じがしますね」
一方で、性犯罪に限らず、芸能人がスキャンダルを起こしたり、トラブルに巻き込まれたりした際には、SNSでそのファンを非難する声が上がることも少なくありません。
「"もし自分だったらファンを続ける"というわけではないのですが、残っているファンの方たちの気持ちを理解できる側面はあります。何より、ファンを第一に非難の対象にするのは間違っていると思いますよ。非難を受けるべきは、実際に罪を犯した人ですから」
もし推しが炎上したら...
もし推しが問題を起こしたり、巻き込まれたりしたら......推し活の中でつらいことがあった時には、どう乗り越えたらいいのでしょうか。
「私の場合、映画を作りながら治癒された部分があったと思うんです。撮影の中で、同じような経験をした友達とたくさん話しました。余計に苦痛を思い出すこともあったんですが、結果的には癒されて、気持ちが軽くなりました。
だから、つらい出来事があった時には、人と話すことが大事なんじゃないかと思います。映画を観てくださった方の中にも、映画に登場する人たちをまるで自分の友達のように感じて、救われたという方がいらっしゃいました。
一人だけで抱えずに、できれば周りにいる同じような境遇の人と話して、分かち合うといいと思います」
今のセヨンさんは、K-POPのガールズグループや俳優を「いいな」と思うことはありつつ、元推しのような、「ずっと見ていたい」と思うほどの存在はいないそうです。
「もしこれから誰かを推すとしても、10代の頃ほどの情熱を持つことはもうできないと思います。でも......もしまたそんな人に出会えるなら、いいかもしれませんね?ふふ」
最後に、推し活をしていた頃の自分に向けて、メッセージを送っていただきました。
「『推し活をして、よかったね』と言いたいです。映画を作ることもできたし、人生の中で特別な時間を過ごせたので。人を好きになる力を得ることもできました。
それから、『思う存分楽しんでほしい』と伝えたいです。そのうち、推し活ができなくなる時が来るので......(笑)」
つらいことがあって推し活をやめてしまったとしても、"推していてよかった"と思えること。それこそが「成功したオタク」なのかもしれません。
東京バーゲンマニア編集部
Written by: 馬場レオン