12月は職場の忘年会やクリスマスパーティーなどでお酒を飲む機会が増える人は多いと思います。この時期は、酒に酔った人がふらふらした足取りで電車に乗ったり、駅のホームのベンチで寝ていたりするのを見掛けることがあります。ところで、もし酒に酔った状態で電車に乗った際に嘔吐してしまい、吐しゃ物で近くにいた乗客の服や所持品を汚してしまった場合、どのような法的責任を問われる可能性があるのでしょうか。また、酒に酔っていて覚えていない場合はどうなるのでしょうか。芝綜合法律事務所の牧野和夫弁護士に聞きました。
酒に酔って覚えていない場合でも免責されず

Q.酒に酔った状態で駅のホームや電車内で嘔吐し、汚してしまったとします。この場合、嘔吐した人はどのような法的責任を問われる可能性があるのでしょうか。
牧野さん「酒に酔って駅のホームや電車内で嘔吐し、汚してしまった場合、駅を管理する鉄道会社に対して損害賠償や罰則などの法的責任が発生する可能性が高いです。まずは駅員に連絡し、指示に従って誠実に対応することが重要です。
まず民事責任ですが、過失によって他人の権利や法的保護される利益を侵害した場合、『不法行為』として発生した損害を賠償する責任を負う可能性があります。例えば、嘔吐の際に駅のホームや電車内を汚してしまった場合、具体的には、次のような費用を請求される可能性があります」
(1)清掃費用
駅や車両の清掃、特殊な消臭・消毒作業にかかる費用(通常3万円程度が相場)を鉄道会社から請求される可能性があります。
(2)営業損害による費用
清掃のために車両が一時的に使用できなくなった場合(休車損害)、本来営業していれば得られたはずの利益が得られず、営業損害となります。この場合、本来得られたはずの費用を請求される可能性があります。
また、刑事責任としては、軽犯罪法1条26号は、公衆の集合する場所でたんや唾を吐いたり、大小便などをしたりした場合、拘留または科料に処するとしており、嘔吐物を放置した場合、「軽犯罪法」違反に問われる可能性があります。
Q.もし電車内や駅のホームなどで嘔吐し、その際に吐しゃ物が近くにいた人にかかってしまったとします。相手の服や所持品が汚れた場合、どのような法的責任を問われる可能性はあるのでしょうか。
牧野さん「酒に酔って電車内で嘔吐し、他人の服や所持品を汚してしまった場合、まずは民事上の不法行為による損害賠償責任を問われる可能性が非常に高いです。
民事上の責任については、民法709条に基づいて、『故意または過失によって他人の権利または法律上保護される利益を侵害した者』は、これによって生じた損害を賠償する責任を負います。例えば、いったん降車してトイレに行く、エチケット袋を用意するなどの適切な防止措置を取らずに嘔吐した場合には、『過失』が認められる可能性が高いです。損害賠償の範囲は、次の通りです」
(1)クリーニング代
汚してしまった服や所持品の特殊クリーニングにかかる実費が請求されます。嘔吐物の処理は特殊なため、費用が高額になる場合もあります。
(2)修理費・再購入費
クリーニングしても汚れや臭いが落ちない、または所持品が使い物にならなくなった場合、修理費用、場合によっては新品の購入費用が請求される可能性があります。
(3)慰謝料(精神的損害に対する賠償)
被害者が精神的苦痛を強く感じた場合や、ウイルス感染の懸念などがあった場合には賠償責任の可能性があります。
刑事責任についてですが、意図的に相手に嘔吐物をかけたわけではない場合、通常は刑事罰の対象にはなりませんが、意図的に嘔吐物をかけた場合には、次の犯罪に該当する可能性があります。
(1)暴行罪・器物損壊罪
故意に相手の服や所持品に嘔吐物を浴びせた場合には、「暴行罪」や「器物損壊罪」に問われる可能性があります。暴行罪の法定刑は2年以下の拘禁刑もしくは30万円以下の罰金または拘留もしくは科料、器物損壊罪の法定刑は3年以下の拘禁刑または30万円以下の罰金もしくは科料です。
(2)軽犯罪法違反
街路や公園など公衆の集合する場所でたんや唾を吐いたり、大小便をしたりする行為は、軽犯罪法1条26号または27号に該当しますが、電車内の嘔吐がこれに該当する可能性があります。
(3)迷惑行為防止条例違反
各自治体の迷惑行為防止条例に基づき、公共の場所での著しく迷惑な行為として警察の制止の対象となり、従わない場合は罰金が科せられる可能性があります。
Q.もし電車内で嘔吐した際に周囲の乗客の服や所持品を汚したにもかかわらず、そのまま現場から立ち去ったとします。この場合、刑事罰に問われる可能性はあるのでしょうか。
牧野さん「先述の犯罪が成立する可能性があります。『ひき逃げ』のように、犯罪が自動的に重いカテゴリーの犯罪に該当して重い罪で処罰されることはありません。ただ、『逃げた』として罪状が重いと認定され、量刑時に通常の場合よりも重い刑が言い渡される可能性が高くなるでしょう」
Q.このほか、飲酒後に問題を起こした人が「酒に酔って覚えていない」と言い訳をすることがあります。実際に泥酔状態で自分が嘔吐したことを覚えていない場合、自分の吐しゃ物で周囲の乗客の所持品を汚したとしても刑事責任や賠償責任を免れる可能性はあるのでしょうか。それとも、しらふのときと同様、責任を問われるのでしょうか。
牧野さん「飲酒後に問題を起こした人が『酒に酔って覚えていない』と言い訳をしても、民事でも刑事でも免責されることはありません。酒に酔う前に刑事責任能力はあり、酔った後に起こした犯罪の責任を負うため、しらふのときと同様に刑事責任を問われます。具体例として、飲酒によって酩酊状態になり、その状態で殺人を犯した場合、飲酒時点での責任能力を基に、殺人の罪で完全な責任を問えるとする裁判例があります」
Q.もし電車内で嘔吐してしまったときに周囲の乗客に迷惑を掛けたとします。トラブルや法的責任を最小限に抑えるために、どのような対応が必要なのでしょうか。
牧野さん「すぐに誠意ある対応を取るのが不可欠です。次のように対応してください」
■すぐに謝罪する
まずは被害者に対して、心から謝罪することが重要です。
■連絡先を交換する
損害賠償の話し合いのために、その場で氏名や電話番号、メールアドレスなどの連絡先を交換します。
■和解交渉する
後日、被害者とクリーニング代や弁償について具体的に話し合って合意解決を目指します。損害賠償責任保険などに加入している場合は、保険会社に相談することも検討すべきです。実費を弁償することで解決することが多いです。
オトナンサー編集部
