1月2日、3日の箱根駅伝に始まり、1月前半に全国選手権決勝を迎える大学ラグビー、春になれば東京六大学野球と大学スポーツは毎年、大きな注目を集めます。2020年はコロナ禍で春・夏は開催中止、あるいは規模縮小で行われ、秋になってようやく、無観客などの措置を取って開催する大会が増えましたが、例年であれば、多くの観客を集め、大々的に報道され、注目を集めるのが大学スポーツです。
大学がスポーツに力を入れるのは知名度アップなどによる学生集めの視点もありますが、実は、その即効性はそれほど大きくはありません。しかし、時として、大学スポーツで起きた出来事が入試の志願者数に大きく影響することがあります。箱根駅伝の常連校、山梨学院大学での事例などを紹介します。
涙の途中棄権が全国中継
箱根駅伝は正月の風物詩としてもすっかり定着しました。テレビで全国中継され、毎年、高い視聴率を記録しています。そして、多くの私立大がこの正月明けから、一般入試の出願受け付けを開始します。では、箱根駅伝で優勝すれば志願者数が増えるかというとそんなにうまくいきません。この20年を見ますと、優勝校で志願者が増えたのは14校で、増えた中でも、2007年の順天堂大学は増加といってもわずか48人、0.9%増、2016年の青山学院大学も112人、0.2%増にすぎません。手放しで喜ぶほど増えるというものではないのです。
しかし、例外もあります。「ドラマ」があった年、志願者が増えたという実績はあります。20年以上前になりますが1996年のことです。その前の2年間、1994年と1995年は山梨学院大学が連覇していました。その連覇に2年連続の区間賞で貢献したのが、社会人から山梨学院大学に入学して箱根路を走った中村祐二選手です。
中村選手は1996年は4区を走ったのですが、走行中に故障してしまいました。ほぼ歩くような状態となりながらもたすきをつなごうとし、止めようとする車中の監督とのやりとりをテレビがずっと中継。結局、棄権となった中村選手は泣き崩れ、無念さが画面から伝わりました。この年の山梨学院大学の志願者は前年比66.8%増。特に出願するだけで合否が判定されるセンター試験利用入試、つまり山梨学院大学用の準備をしなくても受験できる入試の志願者は前年の6倍になりました。
ちなみに、この1996年の箱根駅伝は中央大学が優勝。中村選手は翌1997年の大会で「花の2区」を走り、区間賞を獲得、見事復活しています。
箱根駅伝だけではありません。こちらは「ドラマ」が起きたのが高校時代のことですが、夏に甲子園球場で開催される全国高校野球選手権で、2006年の決勝戦は早稲田実業対駒沢大苫小牧の組み合わせでした。当時「ハンカチ王子」と呼ばれ、現在、北海道日本ハムファイターズに在籍する斎藤祐樹投手と、高校卒業後に東北楽天ゴールデンイーグルスに進み、現在、メジャーリーグで活躍する田中将大投手との投げ合いは延長15回に及びました。結果は引き分け再試合の末、早稲田実業が優勝しました。
斎藤投手は翌2007年に早稲田大学に進学しました。東京6大学野球が例年以上に注目を集めたのは記憶に新しいところです。2007年の早稲田大学の志願者は前年比1万4651人増の12万5647人で、全国の大学の中で志願者数トップを守りました。しかし、この大幅増ですが、すべて斎藤選手のおかげというわけではありません。この年、早稲田大学は第一文学部、第二文学部を文学部と文化構想学部に改組し、理工学部を基幹理工学部、創造理工学部、先進理工学部の3学部に再編しているのです。大手大学の改革は志願者増に結びつきます。この影響の方が大きかったと思われます。
逆のケースもあります。2018年5月、日本大学と関西学院大学のアメリカンフットボール部の試合で、日本大学の選手の悪質タックルが起きました。この翌年、2019年の一般入試では、日本大学の志願者数は前年に比べて1万4344人、12.5%減、この年、最も志願者が減った大学となりました。大学スポーツでの「悪いイメージ」の方は志願者数に直結するのかもしれません。
期待するのは「大学の一体感」
ここまで見てきたように「スポーツに力を入れたから志願者が集まる」というわけではありません。大学側もそれを期待するというよりは「大学を一つにする」効果に期待している面が大きいのではないでしょうか。「大学としての一体感」です。
例えば、大規模な大学では、キャンパスが点在しているのが一般的です。離れたキャンパスの学生が交流するのは難しい面がありますが、それを一つにするのが「スポーツ」というわけです。母校を応援することで大学としての一体感を醸成していくのです。それが愛校心につながり、卒業後の母校愛につながるのではないでしょうか。「学生スポーツイコール学生募集」というわけではないようです。
大学通信常務 安田賢治