最近、ニュース番組や情報番組、新聞などのマスメディアで「医療崩壊」という言葉をよく見聞きします。この言葉には明確な定義があるわけではなく、多くの場合、「必要な人に必要なタイミングで、必要な医療を提供できない状態が継続すること」を指すようです。しかし、ネット上などでは「『医療崩壊』と叫ばれているけど、普通に病院で受診できている」「近くの総合病院でも、お医者さんや看護師さんが足りないみたいなことは聞かない」など、医療業界の訴えとは温度差がある一般人も一定数いるようです。
「医療崩壊」が叫ばれているのに、一般の人が実感しにくいのはなぜでしょうか。医療ジャーナリストの森まどかさんに聞きました。
地域という「面」で捉える問題
Q.客観的に見て、「医療崩壊」は起きていると断言できるのでしょうか。起きている場合、一般の人は分かりづらいものでしょうか。
森さん「『医療崩壊』の明確な定義があるわけではありませんが、『通常(平時)と同じように医療が提供できているか』と問われれば、感染が拡大した地域内にある一部の病院では、十分な医療が提供できない状況になっており、『医療崩壊が起きつつある』といえます。
新型コロナの感染が急拡大した地域では、感染者の入院調整が難しい状況が続いて、自宅待機中に亡くなった人がいることも発表されています。新型コロナ以外の患者についても、新規入院の受け入れを中止したり、外来を制限したりしている病院があり、医療が十分に提供できなくなっていることは確かです。
一方で、どの病院も院内での感染を防ぐための態勢を整え、可能な限り、通常と同じように医療を継続する努力をしているため、医療現場の厳しい状況は私たちの生活の中で目に見えて分かるわけではありません。
自分の生活圏にある病院でクラスター(感染者集団)が発生したり、本人や家族が患者として通院したり、入院したりしている病院で何らかの診療制限が行われれば、医療提供体制の逼迫(ひっぱく)を知ることができますが、多くの人たちはメディアを通して伝えられる内容で認識するにとどまっているのではないでしょうか」
Q.医療崩壊はどのような病院で起きているのでしょうか。日本の入院が可能な総合病院すべてで起きているのでしょうか。
森さん「医療崩壊というのは個々の病院という『点』で捉えるより、地域という『面』で捉える問題だと思います。例えば、ある病院で大規模な感染が起き、医師や看護師に感染者や濃厚接触者が多数出て、予定されていた患者を診療できなくなったとします。また、入院患者にも感染者が多数出て、転院が必要になったとします。そうした場合、その病院の医療提供は一時的にストップしますが、もし、近隣の病院に患者を受け入れる十分な余力があれば、その地域の医療は『崩壊』を防ぐことができます。
現在、例えば東京都では、新型コロナ感染者を受け入れる態勢が限界を迎えた病院があり、入院が必要と判断されても新たな入院先がなかなか見つからない地域があります。宿泊療養施設(ホテル)や自宅で療養中の軽症者が急に悪化に転じても、緊急搬送先が見つからない事例も複数出ています。そうした感染拡大地域での、新型コロナ患者を受け入れている病院(「協力医療機関」「重点医療機関」)では新型コロナ医療において『崩壊』が始まっていると言えます。
また、医療崩壊を病院の機能(役割)で捉える必要もあります。東京都は都立の3病院を実質的な『コロナ専門病院』にする方針を発表しました。周辺の医療機関が他の病気などで入院、あるいは通院している患者を引き継ぐことになると思いますが、この3病院がこれまで担ってきた医療の機能が失われるため、地域への影響は大きいと考えられます。
特に、都立広尾病院が担ってきた救急医療は他の病院で対応が難しい重症、重篤な患者の緊急治療です。今後、重症救急患者の受け入れ困難事例が増えれば、都立広尾病院を起点とした東京都西南地域における救急医療の『崩壊』につながる可能性はあります」
Q.なぜ、通院をしていても「医療崩壊の実感がない」という人が一定数いるのでしょうか。
森さん「現在、日本のほとんどの医療機関では、新型コロナ患者を受け入れていてもいなくても、『平時』と同様に通常医療を継続して提供することに注力しています。コロナの影響で予約枠が以前より減らされていたとしても、検査や外来は引き続き受診が可能です。
病院内で感染が発生、拡大といった事情がなければ、手術などの予定も組まれています。そうした一面を見ている限りは、医療提供体制の逼迫を実感する機会はおそらく少なく、同じ病院の救急部門で患者の受け入れが難しくなっていたり、ICUで大勢のスタッフによるコロナ最重症患者の治療が途切れることなく行われていたりしたとしても、その部分が目に見えない限り実感するのは難しいのかもしれません」
Q.家の近くにある総合病院が現在は問題なく医療を提供できていても、今後、さらに新型コロナウイルスの感染者が増加した場合、普通に受診できなくなることもあるのでしょうか。
森さん「もちろん、その可能性はあります。感染者が増加すればするほど、誰がいつ感染するかわからない状況になります。病院で感染者が出れば、濃厚接触者を含む何人もの人たちが医療現場で働けなくなりますし、地域で大規模なクラスターが発生すれば、あっという間に病床が埋まることも考えられます。新型コロナ病床の確保のために一般の病床を削減することもあり得ます。そうした場合に、外来診療が制限されたり、新規入院を受けてもらえなかったりすることは想定しておく必要があります。
また、感染者の増加に伴って、重症者が一定程度の割合で増加すると予測できます。重症者の対応には、通常より多くの医師や看護師の配置が必要となるため、その場合に、手術や入院が制限されることも考えられます。感染の拡大は新型コロナ以外の医療にも影響を及ぼします」
Q.テレビのニュースや情報番組では、医療崩壊の現状を知らせるため、新型コロナに感染しても入院できず、自宅療養中に高熱や息苦しさなどで苦しんでいる患者の映像を最近は多く流している印象です。センセーショナルに視覚に訴える手法で恐怖を感じさせることでしか、医療崩壊を「自分のこと」と思わせることはできないでしょうか。
森さん「単に恐怖を感じさせることが『自分のこと』としての正しい理解につながるのか、ということを検討する必要はあると思います。大切なのは、感染が拡大したら何が起こるのか、自分にどんな影響が出るのか、もし、自分が感染したらどうなるのか、感染しなくても、事故にあったり、病気になったりしたらどうなるのかを想像してもらうことです。
また、日本の医療が『安心』『安全』で『フリーアクセス』で受けられるのはあくまでも『平時』でのことであり、現在の日本の医療システムは『有事』のことを考えて構築されていないということを知ることも必要だと思います。今回のような新しい感染症の拡大は厚生労働省を含めほとんどの人が想定していませんでした。であれば、現在の医療資源を守り、崩壊させないために、まずは私たちが感染拡大させないよう対策を徹底するしかないのではないでしょうか」
オトナンサー編集部