「わが子が誕生する瞬間を夫婦そろって迎えたい」「出産時は不安で心細いから、夫にそばにいてほしい」
こうした理由から、夫の「立ち会い出産」を希望する女性は少なくありません。実際に立ち会った男性にとっては「生まれた瞬間は感動して涙が出た」「大変な妻の姿を見て、育児を頑張ろうと思った」など、父親としての自覚や育児への心持ちに少なからぬ影響があったケースもあるようです。
一方で、夫・妻問わず、「恥ずかしい」「血が苦手」「仕事が忙しい」などの理由で立ち会い出産を望まない人もおり、ネット上では「出産を控えているけど、夫に立ち会ってもらうか悩む」という女性の声も多く上がっています。
夫は出産に立ち会った方がよいのでしょうか。産婦人科医の尾西芳子さんに、医師としての見解を聞きました。
「父親の自覚が生まれる」メリット
Q.そもそも、「立ち会い出産」とはどのようなものでしょうか。
尾西さん「立ち会い出産とは、“出産の瞬間”に同席することをいいます。出産はまず陣痛から始まり、いよいよ生まれるとなったときに分娩(ぶんべん)室に移動することが多いのですが、立ち会い出産の場合は付添人が一緒に分娩室へ入室し、出産の瞬間に立ち会います。分娩室に入らず、別室で待機するのは立ち会い出産とは言いません」
Q.立ち会うことができる人はどんな人ですか。また、立ち会いができないケースもあるのでしょうか。
尾西さん「通常は夫やパートナーなど『赤ちゃんの父親』であることが多いですが、妊産婦の両親や兄弟姉妹、男性側の両親、上の子どもや、妊産婦の友人といった人が立ち会うこともあります。ただ、病院によっては『立ち会いができるのは夫やパートナーのみ』『子どもは入れない』などの決まりがあることもあります。
また、発熱など体調不良の場合は、妊産婦や生まれたばかりの赤ちゃん、他の患者さんへの影響も考え、立ち会いを断られることもあります。帝王切開の場合は立ち会いができない病院がほとんどですが、手術室で立ち会える病院もあります」
Q.立ち会い出産の実際の割合や、増減の傾向について教えてください。
尾西さん「少し古いデータになりますが、厚生労働省の支援による2013年の研究発表(『母親が望む安全で満足な妊娠出産に関する全国調査』)によると、立ち会い出産の割合は夫が59%、親が12%、その他が5%、誰もいない場合が36%でした。近年は立ち会いのできる病院や産院が増加していますし、夫が出産・育児に関わるチャンスが増加してきているので、現在はもっと高い割合になっていると考えられます。
また、同研究によると、上の子どもが立ち会った場合は分娩に対する満足度が高く、親が立ち会った場合は下がるという結果が出ています。女性にとって出産は『子どもから親になる瞬間』なので、このような結果になるのかもしれません。ご両親は少し遠慮してもよいかもしれませんね」
Q.夫が出産に立ち会うことのメリット/デメリットは何でしょうか。
尾西さん「まず、メリットで最も大きいのは『父親としての自覚が生まれる』ことではないでしょうか。女性は妊娠した瞬間に母親としての自覚、赤ちゃんへの愛情が生まれるといわれていますが、男性は実際に生まれるまで、まだ自分のこととして考えることができないといわれています。
生まれる瞬間に立ち会うことで、親としての責任や愛情がより強く感じられるのではないでしょうか。その他にも『夫婦の絆が強まった』『出産の大変さが分かった』『妻への愛情が深まった』という声も聞かれます。
一方、デメリットとしては、男性は女性よりも『血』を見ることに慣れていないため、気分が悪くなりやすかったり、見たことのない妻の姿に驚いてしまったりすることがあります」
子どもにとっては一度きりの機会
Q.産婦人科医として、夫は妻の出産に立ち会った方がいいと思われますか。それとも、立ち会わなくていいと思われますか。
尾西さん「夫婦ごとに感覚が異なるので一概には言えませんが、出産に立ち会うのはよいことだと思います。一生に数回しかないこと、また、それぞれの子どもについては一度きりのことなので、夫婦・家族の大事な思い出としてしっかり記憶していただくことで家族の絆が強まると思います。
『恥ずかしい』という女性もいらっしゃいますが、男性には頭の方にいて、実際に赤ちゃんが出てくるところは見えないようにしている病院が多いので、心配はいりません。心配であれば、事前に医療者にお伝えいただければ配慮もできます。
一方、どうしても血が苦手だけど立ち会いたいという男性の場合も、なるべく血を見せないような配慮をすることもあります。こちらも事前に伝えていただければ、可能な限りのことはします。
ただ、どちらかが無理をすると出産がネガティブなものになってしまいます。夫婦でよく話し合ってお互いに納得し、ポジティブに出産を迎えられることが一番だと思うので、決してお互いに無理強いはしないでくださいね」
Q.妻は立ち会いを希望しているものの、夫が希望しない(立ち会いたくない)ケースも少なくないようです。
尾西さん「夫婦間の問題なので、こうした場合に医療者側から何かアクションをすることはできません。立ち会いの間ずっとスマホをいじっている男性を見たこともあるので、無理に立ち会うのはマイナスだと思います。まずは、事前に2人でしっかり話し合うことが一番です。
また、立ち会いたくない理由によっては、医療者側の配慮で解決できることもあるので、『なぜ立ち会いたくないのか』をしっかりお話していただけたらと思います。最初は希望していなくても、実際に立ち会ったら『立ち会い出産にしてよかった』という声もたくさん聞きます」
Q.夫婦で立ち会い出産を希望すると決めた場合、出産を迎えるまでにどのような準備や心構えをするとよいでしょうか。
尾西さん「女性は『腰をさすっていてほしい』『生まれた瞬間の写真を撮ってほしい』『お尻の方には行かないでほしい』など、夫にしてほしいこと/してほしくないことをきちんと伝えておきましょう。
男性は、何があっても驚かないように心構えをしておいていただけたらと思います。時には、予想以上の出血をすることもあれば、普段おとなしい女性が聞いたこともないような声でいきむこともあります。全てを受け入れる気持ちで臨んでみてください。味わったことのない感動に立ち会えると思いますよ」
オトナンサー編集部