関東と関西には、さまざまな食文化の違いがありますが、「卵焼き」の味付けもその一つではないでしょうか。一般的に、関東の卵焼きは甘く、関西は塩辛いと言われています。なぜ、関東は甘く、関西は塩辛いという正反対の味付けになるのでしょうか。管理栄養士の岸百合恵さんに聞きました。
「ぎょく」に防腐作用のある砂糖
Q.なぜ、関東の卵焼きは甘い味付けが多いのでしょうか。
岸さん「関東の卵焼きが甘いのは、肉体労働に従事する人が多かったことからか、濃い味付けを好む傾向に加え、東京が発祥の江戸前ずしに使われる卵焼きの『ぎょく』というネタが関係しています。ぎょくは卵にエビや魚のすり身を加え、砂糖やみりんなどで味付けして焼き上げたもので、職人がネタの仕込みの一つとして、防腐作用のある砂糖を加えて甘く作ったものでした。
それが厚焼き卵に変わり、甘い厚焼き卵が作られるようになったと考えられています。後に卵焼きの専門店が登場し、すし店が仕入れるとともに、庶民にもその味が広がっていったと考えられています」
Q.甘い味付けの良さは何でしょうか。
岸さん「卵のふくよかなうま味と甘さが合体することで、スイーツのようなおいしさが楽しめることだと思います。味付けが甘いので、食事の間の箸休めのような要素もありますが、関東の人が好む煮物や焼き物はしっかりした味をしているため、ここでしょっぱい卵焼きではなく、甘くすることによって、メインのおかずとうまく、バランスを取ることができます。また、卵に砂糖が入ることで防腐作用やしっとり感が高まります」
Q.一方、関西の卵焼きは塩辛い味付けが一般的です。なぜでしょうか。
岸さん「関西は、だしの文化が大きく影響しています。昆布のあっさりしただしに塩を加えると風味が引き立つことから、卵にだしと塩を加え、焼き上げるようになりました。関西のつゆや煮物、炊き合わせなどには、素材の味を生かす薄口しょうゆで味をつけるものが多く、卵焼きにも薄口しょうゆが使われるようです」
Q.塩辛い味付けの良さは何でしょうか。
岸さん「素材の味を生かし、ご飯に合うことではないでしょうか。卵焼きはおかずという意味合いが強いようです。そのため、卵焼きに刻んだ野菜や海産物、ひき肉そぼろを加えたバリエーションなど広がりがあります」
Q.関東や関西以外の地域では、卵焼きはどのような味付けが主流なのでしょうか。
岸さん「砂糖やみりんを主体に塩を少々、しょうゆを隠し味程度に味付けしたり、だしを加えたり、塩だけだったりと、調味料の配合は違えど、甘く仕上げるか、塩気の味で仕上げるかに分かれています。全国的に甘い卵焼きを好む割合は高く、宮崎では最も甘さが強い卵焼きを好むようです。甘い卵焼きと塩気の味の支持率は富山、長野、愛知から東の地域は“甘い派”、福井、岐阜、三重から西の地域は“塩味派”が多いようです。
とはいえ、伝統的な砂糖の『和三盆』が有名な香川、南蛮貿易以来、砂糖の輸入拠点だった長崎は“甘い派”が圧倒的に多く、関西でも奈良は“塩味派”の支持率が圧倒的なようです。また、東北地方では、青森が唯一、“塩味派”が多いのに対し、お隣の岩手は圧倒的に“甘い派”が多いなど、同じ地域でも都道府県ごとに好みが分かれるようです」
Q.関東の人が関西で卵焼きを食べたり、関西の人が関東で卵焼きを食べたりすると、食べ慣れている味と異なることに驚くようです。どのようにすれば、お互いの味の違いを認め合うことができますか。
岸さん「味付けや食べ方は地域性だけでなく、家庭によっても異なります。日本の家庭料理は世界的に見ても多様化しており、新しい食べ方やレシピが続々と生まれる器用さがあると感じています。イタリア料理にはない『和風パスタ』があるように、先入観なしに食べてみることで、気付かなかったおいしさや発見があるかもしれません。
卵はそもそも、お菓子にも料理にも使う食材です。甘くても塩味でも、本来どちらでも合うので、それぞれの味や食習慣、食文化の違いを楽しんでみてはいかがでしょうか」
オトナンサー編集部