旧日本海軍の二式大艇や一式陸攻は、当時としては先進的なトイレを完備していたと言われています。そのため、要人輸送にも頻繁に使用されたという話も。
戦時中の大型機のトイレはどうなっていた?
11月19日は「世界トイレサミット」が創設されたことに由来し、「世界トイレの日」と呼ばれています。人間が生きている以上必ず、トイレは必要となりますが、それは戦場でも同じ。第二次世界大戦中、戦闘機パイロットは基本的にトイレなしでしたが、長距離を飛行する必要のある爆撃機や大型機はどうしていたかというと、多数の乗員が乗り込むため、当然備えていました。
海上自衛隊の鹿屋航空基地史料館に展示されている二式飛行艇(画像:写真AC)。
日本海軍の大型機は特に先進的なトイレの構造だったそうで、4発のエンジンで飛ぶ大型飛行艇である二式飛行艇(二式大艇)には、観音開きの扉付きのトイレが設置されており、しかも便座は洋式、水洗式でペダルを踏むと水と共に“ブツ”が投下される自由落下式であったそうです。
そのトイレの様子はかわぐちかいじ氏原作のマンガ『ジパング』にも描かれています。同作は、2000年代の海上自衛隊のイージス艦「みらい」が乗組員ごと大戦中(1942年)の太平洋にタイムスリップするという作品ですが、作中で二式大艇に乗った「みらい」の航海長である尾栗康平三佐がトイレを使い「さすが海軍、洋式だ」と感心する場面があります。
敵基地や艦艇を爆撃する役目を担った一式陸上攻撃機(一式陸攻)にも、トイレは搭載されていました。金属製の便器でもちろん洋式、便座は木製だったようです。トイレには明かり取り用の窓もあり、操縦席から見えないようにカーテンもついていたそう。ただ、こちらは汲み取りタイプでした。
戦時中は、二式大艇や一式陸攻が要人輸送に使われるケースもありましたが、こうした当時の水準としてはかなり快適な空間が用意されていたからという事情もあるかもしれません。ちなみに、二式大艇は暖房や冷蔵庫、簡易的なベッドもあったそうです。
しかし、空の上で一番快適に用を足せたのはアメリカ軍のB-29だと思われます。同機は現在の旅客機と同じような与圧室を完備し、高高度でも酸素マスク不要、しかも暖房完備なので、戦闘空域に入るまではTシャツ一枚でも過ごせました。用を足す場合も面倒ではなかったはずです。しかし、操縦室からは仕切られていたものの、二式大艇のように個室化はできなかったようです。