アニメ『機動戦士ガンダム』のモビルスーツ・パイロットたちは、基本的に「ノーマルスーツ」と呼ばれる宇宙服を着ています。このスーツ、酸素タンクのないものが存在するほど軽装です。宇宙なのに、こんな軽装で大丈夫なのでしょうか。
パイロットスーツの必要性はどこ?
アニメ『機動戦士ガンダム』のパイロットたちは、基本的には「ノーマルスーツ」と呼ばれるパイロットスーツを着用して、人型ロボット兵器「モビルスーツ(MS)」を操縦します。
モビルスーツは機種によっては地上や水中でも戦闘を行いますが、パイロットはどこでもノーマルスーツを着用しています。
なお、劇中ではノーマルスーツを着ないで出撃する場面も多々描写されていることから、ノーマルスーツを着用しなくてもモビルスーツは操縦可能です。
たしかに、重く動きも制限されるボディスーツを着用してモビルスーツに乗り込み操るのは大変なようにも思いますが、それなら『ガンダム』のパイロットたちは、なぜノーマルスーツを着用するのでしょうか。
アメリカ製の宇宙服。「MMU」と呼ばれる有人機動ユニットに乗って船外活動を行っているところ(画像:NASA)。
そもそも、パイロットが特殊な装備を持つことは、航空機の実用化以前、気球による高高度飛行時から行われていました。1862年にイギリスのグレイシャーらが気球で高度9450mの記録を樹立しますが、薄い酸素と高山病に苦しみます。これを受け、以後はそれを教訓に酸素を充填した風船を持ちこむことで、酸素不足を克服しています。これが宇宙服につながる装備の始まりといえるでしょう。
こうした飛行専用服を着ることは、気球時代や航空機の黎明期から行われていました。初期の航空機は操縦席が密閉されておらず、暖房もないため、防寒機能を持った飛行服が欠かせなかったからです。
第1次世界大戦では、酸素ボンベや酸素マスクが航空機に持ち込まれたほか、1920年代には与圧服の着想が生まれ、アメリカが1934年に世界初の実用的な与圧服を開発します。このスーツは下着、ゴム製の空気袋の層、パラシュート布にゴムを溶かした外装という3層構造でした。ちなみに、関節部分はフレーム構造にすることで手足を動きやすくし、アルミとプラスチックからなるヘルメットを被ったようです。
アメリカ太平洋戦争中に対Gスーツ実用化済み
飛行服に、積極的な戦力向上効果が付与されたのは、1941年のこと。それまで、戦闘機の宙返りや旋回時に強い加速度(G)の影響で、パイロットが失神することが問題視されていました。
トロント大学のフランクスにより開発された対Gスーツは、脚部を水の圧力で圧迫し、Gにより血液が下肢に集中するのを防ぐ効果がありました。
同年に太平洋戦争が始まると、アメリカ軍はこうした原理を発展させた空気膨張式の対Gスーツを1944年に実用化。これにより、大半のパイロットが8Gに耐えられるようになります。対する日本軍はここまで効果的な対G装備を持つことができなかったため、以後は戦闘機の性能差以上に不利な状況となりました。
未来の人から見れば、現代の宇宙服は驚くほどの骨董品だろう(イラストレーター:ハムシマ)。
『ガンダム』のノーマルスーツは、こうした対G機能と与圧服が発展した宇宙服としての機能の双方を併せ持つパイロットスーツであり、装着すると戦闘が有利になるからこそ地上でも着用されるのでしょう。
ちなみに、スペースシャトルなどで使われていた船外作業用の宇宙服は、1着1000万ドル(約15億円)もしたそうです。
これは宇宙服だけで宇宙空間の行動能力を維持する必要性からです。たとえばスペースシャトルの船外作業服は宇宙線を防ぎ、酸素供給システムや、尿採集装置(服を脱げないため)、スーツ内飲料パック、バッテリー、温度調整装置など、様々な機器が搭載されており、重さも100kgを超えています。
なお、アメリカの宇宙開発企業スペースXでは、2017年に船内用の宇宙服として軽装宇宙服を発表しました。これはかなり軽そうですが、宇宙服に必要な圧力テストはクリアしているとのことで、現実でも軽装宇宙服は実現しつつあるとも言えます。
軽装なのは定番設定「ミノフスキー粒子」のおかげ?
『ガンダム』でも、宇宙艦艇の乗組員などは「重装型」と呼ばれる様々な機器が付いた宇宙服を身に着ける描写があります。そのため、ノーマルスーツは「軽装型宇宙服」になります。つまり、スペースXの宇宙服と同じ方向性で、最低限の生存機能だけを備え、動きやすさを最優先した宇宙服なのでしょう。
実際、クライマックスといえる「ア・バオア・クーの戦い」の最中、低重力下とはいえ、主要な登場人物である「アムロ」と「シャア」はフェンシングで対決しています。それを見る限り、動きづらさは全く感じられません。
通信機能はヘルメットに備えているようですが、一部のスーツには酸素タンクすらも付けていないように見えます。これでは宇宙空間に放り出されたら、すぐ生存が脅かされそうです。こうなっている理由ですが、『ガンダム』世界の定番設定「ミノフスキー粒子」の存在が大きいのではないでしょうか。
パイロットスーツを装着しても、動きが鈍ることはなさそう(イラストレーター:ハムシマ)。
「ミノフスキー粒子」とは、レーダーを妨害し、ビーム兵器にも応用可能な架空の粒子です。これが散布された中で戦おうとすると有視界戦闘になる世界なので、数十km以内という非常に狭い範囲で戦闘が行われます。モビルスーツが撃破されて爆発した場合は、宇宙服の性能など関係ないため、ノーマルスーツ着用が必要となるのは「乗機は撃破されて行動不能だけど、パイロットは生存している」状況でしょう。
この場合、パイロットはすぐ近くにいる敵か味方に回収されるので、ノーマルスーツは宇宙線を防ぎ、短時間の生存維持ができる機能さえあればいいわけです。そしてモビルスーツのコクピット内は酸素が充填されています。つまり、酸素タンクがノーマルスーツ側になくても、パイロット周辺に酸素がある可能性もそれなりにあるわけです。
『ガンダム』はモビルスーツが操縦性能の差で撃破される描写も多々ある世界観ですから、ノーマルスーツが重装になるのは、操縦しにくくなるので非合理ということなのでしょう。こうして改めて考察してみると、世界観に合致した合理的な描写だと筆者(安藤昌季:乗りものライター)は感じました。