自衛隊のなかでもあまり情報が公開されていない、謎のベールに包まれた装備がいくつかありますが、たとえば海上自衛隊でもとりわけ情報の少ない艦艇のひとつといえるのが、音響測定艦かもしれません。そのスペックや任務などに迫ります。
潜水艦探知の要となる艦、3隻目が進水
2020年1月15日(水)、海上自衛隊最新鋭の音響測定艦「あき」が進水しました。同艦は、ひびき型音響測定艦の3番艦で、艦名は瀬戸内海の広島県沖合いにある「安芸灘」から命名されました。今後、艤装や各種試験を実施したのち、来年2021年3月の就役を予定しています。
2020年1月15日、岡山県にある三井E&S造船玉野艦船工場で進水式を迎えた音響測定艦「あき」(画像:海上自衛隊)。
「あき」を含むひびき型音響測定艦は、一見して珍しい形状です。ほかの自衛艦が一般的な船の形状(単胴船型)なのに対して、ひびき型は自衛艦として唯一、双胴船型をしています。これは文字通りふたつある胴体(船体)の上に各種構造物が載った状態で、船のスクリューも艦首の錨も、双方の胴体(両舷)に1基ずつあります。
この船型のメリットはふたつあります。ひとつは波浪の影響を受け難い点で、荒天時などでも揺れが少ない特徴があります。そしてもうひとつが、単胴船型と比べて船体幅を格段に広くでき、甲板面積を大きくしやすいという点です。
なぜ「あき」は、このような船体形状なのか、そもそもひびき型とは何する船なのでしょう。「音響測定艦」とは、名称そのまま「音響」を「測定」する「船」です。測定する音はおもに潜水艦のもので、これを集めてデータ化します。
水上艦であれば、喫水線から上の形である程度タイプを特定でき、艦番号や艦名などがわかれば個艦識別まで可能です。しかし潜水艦の場合は、潜航しているとその姿を捉えることはできず、その姿かたちでの個艦特定などまず無理です。
ではどうするかというと、収集した音と艦種や艦名が紐づけられたデータを蓄積し、これに拾った音を照らし合わせて識別する、という手段をとっています。船のスクリューは、同じタイプであっても造船所や加工機械の差によって、微妙に形状が異なります。その差が判別できれば、潜水艦であっても個艦の特定がある程度、可能です。
音響測定艦の性能と任務は軍事機密
艦船ごとの音の違いは、人間の指紋にたとえて「音紋」と呼びます。音紋を収集するために、ひびき型音響測定艦は日本の周辺海域を動き回っています。
その際に、自艦のエンジン音がうるさくては任務に支障が出ます。そこで、ひびき型は主機関であるディーゼルエンジンを喫水線の上の高い場所に配置し、そのエンジンで発電機を回し、発生した電気でスクリュー直結のモーター(電動機)を動かしています。こうすることで、水中にエンジン音が響かないようにしているのです。
ひびき型音響測定艦の1番艦「ひびき」。来年、就役30年を迎える(画像:海上自衛隊)。
音紋を収集するための「武器」は、艦尾から垂らす長大な曳航ソナーです。ソナー自身の長さは約800mもあり、さらにこれを曳航するためのケーブルは最大2000mあります。これだけ長いのは、自艦の推進音の影響を最大限減らすためで、できる限り離した方が良いからです。
曳航ソナーは数百km以上の探知能力を持っているそうですが、その性能は秘密で、任務の詳細も不明と、潜水艦やイージス艦以上に厚いベールで覆われています。
また、一度出港すると任務が長期化するため、居住性に配慮されており、船体後部には物資の補給や輸送、急病人の搬送のためにヘリコプター発着用の飛行甲板が設置されています。一方で戦闘艦艇ではないため、武器は装備していません。
中露も警戒 非武装だけど侮れず
ひびき型は、海上自衛隊初の音響測定艦として1991(平成3)年と翌1992(平成4)年に1隻ずつ就役しました。任務で収集した各種の音紋は、海上自衛隊だけでなく、アメリカ海軍の活動にとっても重要なもので、30年近くにわたり我が国の安全保障に貢献してきましたが、近年、外洋進出が著しい中国を鑑みて、2017(平成29)年度予算で29年ぶりに3番艦が調達されることになりました。
真横から見た、ひびき型2番艦の「はりま」。後部の飛行ヘリ甲板には、CH-47Jなどの大型ヘリも降りられる(画像:海上自衛隊)。
ひびき型に比肩するような高性能な音響測定艦は、他国ではまだ少なく、同じような双胴船型の音響測定艦はアメリカ海軍にも5隻しかありません。しかもアメリカ海軍は太平洋と大西洋に分けて配備しており、さらに太平洋に配備されている艦は広大な太平洋だけでなく、南シナ海やインド洋まで活動エリアとしています。
海上自衛隊のひびき型は、基本的に日本の周辺海域のみが活動エリアです。逆にいうと、我が国周辺海域での運用がほとんどのなか、音響測定艦を2隻配備し、さらに1隻増やそうとしているので、アメリカと比べると運用密度はかなり高いといえるでしょう。
どんな護衛艦や潜水艦よりも、中国やロシアが警戒しているのはひびき型だという話もあり、目立たないけれどもとても重要な艦艇のひとつといえるでしょう。