アメリカ陸軍が2020年に採用した新型の汎用4輪駆動車が第一線部隊に納入され、実用試験を開始しました。既存のハンヴィーとほぼ変わらないような新車種、なぜ採用したのでしょう。そこには試行錯誤の四半世紀がありました。
市販ピックアップが原型の軍用車両
自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)の子会社、GMディフェンスは2021年7月3日(土)、アメリカ陸軍第82空挺師団で行われた新車両を用いた部隊テストの様子を披露しました。
テストされたのは、2020年にアメリカ陸軍が採用した新型の4輪駆動車「ISV(Infantry Squad Vehicle)」です。直訳すると「歩兵分隊車両」となる同車は、車両重量5000ポンド(約2.27t)で、兵士9人もしくは最大3200ポンド(約1.45t)までの資機材が搭載できます。
ISVは輸送機からのパラシュート投下が可能で、なおかつUH-60「ブラックホーク」汎用ヘリコプターでのスリング運搬が可能な軽量さと、CH-47「チヌーク」輸送ヘリコプターの機内に収まるコンパクトさを兼ね備えているとのこと。
アメリカ陸軍が2020年に採用したISV(画像:アメリカ陸軍)。
ベースは、GMがシボレーブランドで販売する中型ピックアップトラック「コロラドZR2」であり、部品の90%を共用とすることでコストを抑制しているといいます。
アメリカ陸軍は、ISVを2025年までに649両、最終的には2065台を調達するとしていますが、そもそもアメリカ陸軍には同種の車両として「ハンヴィー」があったはず。なぜハンヴィーではなく似たような車両であるISVを新たに調達することにしたのか、そこにはハンヴィーの限界と後継車両の欠点露呈が関係していました。
当初は軽かったハンヴィー
第2世界大戦時の「ジープ」と同様、現代アメリカ軍のアイコン的存在といえるハンヴィー。その名称は、アメリカ陸軍が1980年前後に進めた新型装輪車両プロジェクト「High Mobility Multipurpose Wheeled Vehicle:高機動多用途装輪車両」に由来します。各単語の頭文字をつなぎ合わせると「HMMWV」となり、これがそのまま愛称になったのです。
その名が示すとおり、ハンヴィーは機動性の高い多用途軍用車として開発されました。開発時のハンヴィーの要求数値は、車両重量7500ポンド(約3.4t)、搭載量2500ポンド(約1.135t)、行動距離は300マイル(約483km)、最大速度は時速60マイル(約97km/h)でした。こうして見てみると、前出のISVと数値的に近似していることがわかります。
では、なぜハンヴィーがあるのに、アメリカ陸軍はわざわざ同種のISVを導入しようとするのか、その理由の一つにはハンヴィーが重くなり過ぎたからというのが挙げられます。
アフガニスタンで使用される装甲強化型ハンヴィー(画像:アメリカ陸軍)。
支援車両として開発されたハンヴィーは、誕生当初は装甲などほとんどなく、あってもせいぜい銃弾に耐えられる程度でした。しかしソマリアやイラク、アフガニスタンなどで市街戦やゲリラ戦(不正規戦)などに投入されるようになると、大口径機関銃弾や地雷などに耐えられるよう、防御力強化のために次々と装甲が追加されていき、後期型のM1165と呼ばれるタイプでは車両重量が1万2100ポンド(約5.5t)にまで増えています。
これは陸上自衛隊が多用する装輪装甲車の「軽装甲機動車」(約4.5t)よりも重い数値です。
後釜になれなかったハンヴィーの後継
ハンヴィーは、そもそもソフトスキン(無装甲)の支援用車両として開発されたため、最初から装甲車として設計開発された車両と比べると発展性に限界がありました。加えて、基本的には1980年代初頭の設計のままだったため、特にエンジンについては排ガス規制などから古さが目立つようになっていました。
アメリカ陸軍もハンヴィーの旧式化と防御力の限界については認識しており、2010年頃にはJLTV(Joint Light Tactical Vehicle:統合軽戦術車両)と呼ばれる後継車種の開発・選定に着手しています。
しかし、ハンヴィーの防御力が低い点を鑑みて、JLTVでは高い防御力、乗員の生存性に重点を置いた結果、極力コンパクトにしたとはいえ、車両重量は約4.7tもあり、ボディサイズもハンヴィーより一回り以上大きくなりました。それでいて乗員数は4名のみで、空輸などを含めて汎用性という面では、ハンヴィーを全面的に置き換えられる車両ではなかったといえるでしょう。
ハンヴィーの後継として選定されたJLTV(オシュコシュ製L-ATV)だが、結局すべてのハンヴィーを同車種で更新することは取り止めとなった(画像:アメリカ陸軍)。
その結果、当初はハンヴィーの後継として開発されたJLTVでしたが、国防総省・アメリカ陸軍とも、のちにすべてのハンヴィーをJLTVで更新することは諦めています。
こうして、空輸可能な軽量汎用車両として改めてトライアルが実施され、2020年に採用されたのがISVというわけです。
ハンヴィーは、派生型や改良型など含め、総生産数は約30万台、敵対勢力による鹵獲再使用を含め世界50か国以上で使用されるまでに至っています。
また似たような外観・性能の車両がロシアや中国、フランス、日本をはじめとして世界中で開発生産されており、軍用4WD車における事実上の世界標準(グローバルスタンダード)になったとの見方もあります。
ゆえに、その後継となるとなかなか難しく、最大のユーザーであるアメリカ陸軍ですら難儀していると言えるのかもしれません。