夫婦間でやりとりする言葉は、一生分にすると膨大な量です。なれ合いになってしまい、深く考えずに相手に投げかけていることが多々あります。「おまえ、頭悪いなあ」「あなたのお母さんにはうんざりよ」「おまえに似て、この子は落ち着きがない」「あなたの家事能力はゼロね」といった“あるある”会話です。
使っているのが常に汚い言葉だったり、相手を尊重していないものだったりしたら、夫婦関係も“ピカピカで円満”とはなりません。結婚前、そんな言葉は絶対に口にしなかったでしょ、というようなことを平気で口にしていないか――。立ち止まってみてください。言葉の刃(やいば)が夫婦関係の致命傷となりかねないのです。
最初はふざけて呼んでいただけだったのに
公子さん(44歳、仮名)と豊さん(54歳、同)は二人暮らし夫婦です。豊さんの経営する飲食店に、公子さんがアルバイトに来た縁でお付き合いが始まり、結婚へと至りました。
当時、公子さんは20歳、豊さんは30歳。大学生だった公子さんには同級生の彼氏がいましたが、豊さんの落ち着いた大人の魅力(に当時は感じていた)にハマり、猛プッシュをして付き合うことになりました。結婚してからも公子さんは夫のことが大好きで、幸せでした。
そんな関係がおかしくなり始めたのは、豊さんが40歳を過ぎた頃から。あんなに好きだった豊さんの体臭が年齢とともに変化したそうで、公子さんが「臭い」と言うようになったのです。「加齢臭がするし、前髪も薄くなってきたね」と、豊さんのことを“おっさん”呼ばわりするようになりました。
豊さんは気にしてコロンをつけたり、シャツを1日2回着替えたりと、清潔にするように心がけました。育毛剤もつけ始めたそうです。しかし公子さんは“おっさん”と呼び続けます。結婚して10年が経過し、マンネリ化していたというのもあったかもしれません。寡黙で落ち着いた大人として大好きだった豊さんが、無口で元気がない男に見えるようになります。
公子さんは休みの日や平日の夜、地元の友達と遊びに行くようになりました。やがて、友達やお店のお客さんの前でも、豊さんのことを“おっさん”と呼ぶように。豊さんに対する態度もぞんざいになっていったのです。そしてとうとうその日が訪れます。
豊さんのお店で、常連のお客さんとおしゃべりをしていたときに、公子さんが豊さんに対して「おっさん、おっさんって言っていたら本当におっさんになっちゃったね。おっさん」と言うと、豊さんの堪忍袋の緒が切れました。「いい加減にしろ! 俺はおっさんじゃない。ふざけんな。出てけ」と叫んだのです。
豊さんが怒鳴ったのを初めて見た公子さんは、何も言えなくなりました。常連さんが豊さんをとりなしましたが、彼の怒りは収まらず、そのまま店から出ていってしまいました。
「私が全面的に悪かったんです。最初はからかっているだけだったのに、いつの間にか当たり前に呼んでしまっていて。あんなに気にしているなんて思ってもみなかった。その日、泣いて謝りました。時間をかけて謝って、何とか許してもらいました。
そのときから、前のように『豊さん』って呼ぶようになって、また前のような好きっていう気持ちも湧いてきたんです。不思議ですね。呼び方一つで気持ちが変わるなんて。あのとき、許してくれて本当によかったです」
「別れる」が口癖だった夫の末路
敬之さん(42歳、仮名)はモラハラ気質のある夫で、由利さん(38歳、同)とけんかをすると、すぐに「別れるぞ」と言う人でした。一種の口癖のようなものでした。そう言われた由利さんは胸が苦しくなって、「別れるなんて言わないでよ。ごめんなさい」と必ず謝っていました。妻にとっては一番言ってほしくない言葉です。
結婚して4年が過ぎた頃のこと。またもけんかになったときに、いつものように敬之さんが「もう離婚だ」と怒鳴りました。由利さんは「そうね、別れましょう」と、引き出しから離婚届を出して、敬之さんにサッと渡したのです。
離婚するつもりなんて毛頭なかった敬之さんは慌てて、「何言ってんだ? いつものことだろう」と取り乱しました。由利さんは本気でした。
「子どもが生まれて3歳になって、言葉の意味もちゃんと理解するようになってきて、ふと思ったんです。なぜ夫は当たり前のように『別れる』って言うんだろうって。
都合が悪くなると、突き放そうとする人は信頼できない。この先、年を取ってから頻繁に『別れる』って言われてもつらいなと悩んでいたんです。この子はどんどん成長していくのに、夫の突き放す態度はきっと変わらないだろうなって。
子どもの前で『別れる』って脅かされるのはもう嫌だ。そしたらスッキリしてきて、次に別れるって言われたら出してやろうと思って、離婚届を用意していました。本当にさっぱりしました」
言っている方と言われている方、それぞれに感情があり、思いがあります。子どもの頃、言われたことがあると思います。「自分が言われて嫌なことは相手に言わないこと」と。
「夫婦だから」という甘えは通用しません。夫婦だからこそ、日々投げかけ合う言葉が積み重なるんだと意識してください。今日からでも遅くありません。自分が言われてうれしい言葉を、ぜひパートナーに投げかけていただければと思います。
「恋人・夫婦仲相談所」所長 三松真由美