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80年代に一世を風靡 杉山清貴&オメガトライブと名曲「ふたりの夏物語」から見る男女の恋愛観

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80年代のサマーソングのヒットメーカー

 今から35年前の1985(昭和60)年3月、杉山清貴&オメガトライブの「ふたりの夏物語」が発売され、大ヒットしました。

杉山清貴&オメガトライブ「ふたりの夏物語」(画像:バップ)

 この曲は同年の「JALPAK」のCMソングとしてオンエア。ちょうどバブル前夜のことでした。ちなみにJALPAKとは、JAL(日本航空)グループの旅行会社が手掛けるパッケージツアーです。

 そんなJALPAKを始め、当時の航空会社は国内旅行から海外旅行まで、CMを使ってさまざまなキャンペーンを積極的に実施。まさに、「リゾート時代」の到来と言えるものでした。

 杉山清貴&オメガトライブの「オメガトライブ」は芸能事務所「トライアングルプロダクション」を率いた藤田浩一が作曲家の林哲司と和泉常寛、編曲家の新川博らと立ち上げた音楽プロジェクトの総称で、多くのヒットサマーソングを手掛けました。

 ボーカルの杉山は「ふたりの夏物語」の発表年にグループを脱退し、その後、後任のボーカルは日系ブラジル人のカルロス・トシキ(君は1000%!)や新井正人が努めました。

80年代を彩った職業作詞家とその世界観

 杉山清貴&オメガトライブの成功を支えたのは、何といっても作詞家の康珍化(かん ちんふぁ)の存在です。

 康は、

・山下久美子「バスルームから愛をこめて」(1980年)
・上田正樹「悲しい色やね」(1982年)
・杏里「悲しみが止まらない」(1983年)
・小泉今日子「まっ赤な女の子」(同)
・高橋真梨子「桃色吐息」(1984年)
・中森明菜「北ウイング」(同)
・原田知世「愛情物語」(同)
・中山美穂「人魚姫 mermaid」(1988年)

など多くのヒットソングを手掛けた、当時を代表する希代のヒットメーカーであり、その歌詞世界は1980年代を写し取った鏡と言っても過言ではありません。

杏里「悲しみが止まらない」(画像:フォーライフミュージックエンタテイメント)

 康に限らず、松本隆や売野雅勇、来生えつこ、三浦徳子、松井五郎、大津あきら、銀色夏生、秋元康など、当時は独自の歌詞世界を持った作詞家が活躍した時代でもありました。

 もちろん作詞・作曲両方を行うシンガー・ソングライターやバンドも少なくありませんでしたが、彼らが「等身大の世界」を提示するのに対して、康などの職業作詞家は「物語」の作り込みに特徴がありました。

車なしには語れない当時の恋愛事情

車なしには語れない当時の恋愛事情

 さて、康は杉山清貴&オメガトライブの歌詞を通して、1980年代をどのように描いたのでしょうか。少し見てみましょう。

 その背景には、バブル期特有の時代感覚があります。車が男女の物語の必須アイテムとして登場し、物語の展開もそれらを使った「空間異動」を伴っています。

 杉山清貴&オメガトライブの歌詞の舞台は、先入観としては「海」、具体的には湘南のイメージが強いのですが、シングル曲だけを見るとそうでもありません。

「ふたりの夏物語」こそ、出会いは「夜のマリーナ」で「ビーチ」が登場しますが、デビュー曲の「SUMMER SUSPICION(サマー・サスピション)」(1983年)は恐らく、東京から高速道路でドライブするという設定でしょう。

杉山清貴&オメガトライブ「SUMMER SUSPICION」(画像:バップ)

「RIVERSIDE HOTEL」(1984年)は「君を乗せた白いクーペ」がリゾート地のホテルに着くという内容です。

「サイレンスがいっぱい」(1985年)は「プールサイド」、「ガラスのPALM TREE」(同)は「アクセル踏み込」んでのドライブ、「ASPHALT LADY(アスファルト・レディ)」(1983年)は紛れもなく都会、おそらく東京でしょう。

文字でありながら「映像」的な歌詞

 筆者(増淵敏之。法政大学大学院教授)が康珍化の歌詞世界が、特に際立っていると思うのは、「君のハートはマリンブルー」(1984年)です。

杉山清貴&オメガトライブ「君のハートはマリンブルー」(画像:バップ)

 インパクトのあるタイトルで、歌詞はとても映像的です。歌詞に登場する女性は、夏の終わりに男性との恋人関係を終えたという設定。

 しかしふたりは再び出会い、秋が過ぎたころ、ひっそりとした海に向かいます。まるで映画のように、時間の経過が暗示されており、冒頭の「季節外れのBUSが一台」という歌詞からして、映画のシーンのようです。

 ふたりは海に向かう道で、そのバスとすれ違います。夏の終わりにすれ違った彼らの現在がその情景に投影されているのです。

 そして「カーブ続きの ふたりの道がもう一度 愛に出会うなら悲しみなんて 知らないころの8月に きっと戻れるさ」と、最後の「夕陽をあつめるツイードのジャケット 君の背中にかけて」の一連の展開も秀逸です。

 もう一度、やり直そうとする男性の優しさが見事に表現されており、風景の持つ色彩までもが鮮やかに伝わってくるのです。

 康は大学時代に短歌の世界を指向し、有望な将来を嘱望されていました。それが就職したCM制作会社で偶然、作詞をすることになったといいます。

 大学時代は自主映画を撮っていたこともあり、作詞家にならなければ映像の世界に身を置いていたかもしれません。康の歌詞の持つ独特の「映像感覚」はこれらの経験から成っているのかもしれません。

「シティ・ポップ」の歌詞のような世界

「シティ・ポップ」の歌詞のような世界

 話は少々ずれますが、イラストレーターのわたせせいぞうが漫画雑誌『モーニング』に1983(昭和58)から1989年まで連載していた『ハートカクテル』をご存じでしょうか。

わたせせいぞう『ハートカクテル』1巻(画像:講談社)

 この作品は、1986年にテレビアニメ化されています。わたせの作品の特徴はグラフィックデザインタッチのレイアウトと、鮮やかな色彩のカラーにあり、影やグラデーション表現が美しい作品です。

 また1話分が4ページで構成されており、物語のテーマは「純愛」でした。

 それはまるで、1970年代後半から1980年代にかけて日本の音楽シーンを彩った音楽ジャンル「シティ・ポップ」ような歌詞世界でした。

 現代用語事典「知恵蔵mini」(朝日新聞出版)によると、シティ・ポップは「都会的で洋楽志向の強いメロディーや歌詞を特徴とする日本のポピュラー音楽」と定義されています。

『ハートカクテル』の舞台はアメリカの西海岸の街のようにも見えますが、日本に例えれば湘南です。青い海や青い空、白い雲がとても印象的な作品でした。康の歌詞世界はこれに近いと言えるかもしれません。

 そのコンセプトは、非日常というより、当時の若者が少し背伸びをすれば手に入れられそうな生活でした。

 連日の猛暑が続きながらも、コロナ禍で空間異動が難しい現在、自宅で当時の曲を聴いていると、あの時の光景がまじまじと浮かんでくるような気持ちになるのは、決して筆者だけではないでしょう。

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