中国人は昔から、「中華思想」を持っているといわれます。これは「中国が世界の中心であり、その文化・思想が最も価値のあるものと自負する考え方」とされており、中国政府が周辺諸国に対して外交や軍事で強硬姿勢を見せたときは、「中華思想に起因している」と唱える日本人もいます。
しかし、仮に中国政府が中華思想を根拠に外交や軍事で強硬姿勢を見せていたとしても、一般の中国人までもが中華思想を持っているとは限らないと思います。一般の中国人にも中華思想は根付いているのでしょうか。
ノンフィクション作家で中国社会情勢専門家の青樹明子さんに聞きました。
中国は文明の中心、世界の中心
Q.そもそも、「中華思想」とはどのような考え方ですか。
青樹さん「『漢民族を中心とした中国人は文化的優越性を持っており、世界の中心にある』。つまり、文明の中心であり、世界の中心であるという考え方です。これは、徹底した選民意識です。数千年前から、中国人はこのように考えていて、これが中華思想の原型です」
Q.なぜ、中国で中華思想が生まれたのですか。
青樹さん「古代の中国がいつも、周囲を敵で囲まれていたことと関係があります。『中華』(中夏・古代の呼称)という言葉はもともと、『大陸の真ん中にある国』という地理的な状況を表した言葉でした。そして、当時の中国はすでに文明が発達している一方で、周囲の国々の文明が未発達であったことから、『周囲の敵はみんな野蛮人』という考え方が生まれ、これが中華思想の原点となりました。
野蛮人と見なすことは褒められた考え方ではありませんが、客観的に見れば、そう考えてしまうことも無理もないことです。秦の始皇帝が中国を統一したのは紀元前221年の話で、日本は弥生時代です。日本が一つの国として成り立っていないときに、中国には法律も整い、文化も持つ国家が存在していました。『優越感を持つな』と言う方が難しいくらい、抜きんでた国力を持っていて、古代の覇者だったのです。
この意識は中国人の中に脈々と、何千年にわたって続いており、中華思想は中国人のDNAに刷り込まれているようなものです」
Q.一般の中国人にも中華思想が根付いているのでしょうか。
青樹さん「実は、中国には『中華思想』という言葉はありません。しかし、彼らの自国や自民族に対するプライドを見ると、古代の中華思想に似通うものを感じます。誰しも民族が自分の国や民族を愛する心を持っているものですが、中国人のそれは私たち日本人とは比較になりません。
一方、古代から大陸の覇者だった中国は清朝末期から、受難の時代に入ります。日清戦争で隣国の日本に負けて領土の一部が植民地化されたり、その後に侵略を受けたりと、中国人にとっては大きな侮辱で許せなかったわけです。それが現在、世界第2位の経済大国になったことで中国人は立ち直り、そして、中国人の中華思想はますます強くなっていると思います」
Q.一般の中国人の中華思想を感じた事例はありますか。
青樹さん「忘れられないのが、いわゆる『日本航空民族差別事件』です。もちろん、誤解に基づくもので、民族差別が行われたわけではありません。2001年1月、北京発成田行きの日本航空の旅客機が大雪のため、成田空港に着陸できませんでした。そこで急きょ、関西国際空港に着陸して、乗客は一夜を明かすことになったのですが、中国人以外の乗客がホテルなどの宿泊施設に泊まるため入国できた一方、中国人の乗客のほとんどが、入国できずに待合室にとどまることになったのです。
彼らは他の乗客と違って、成田空港を経由地にしてアメリカを最終目的地にしており、日本に入国するビザ(査証)がなかったため、このような待遇となったのですが、『日本航空が大陸の中国人を差別しているのではないか』と中国人の乗客の怒りが爆発し、後日、約90人の乗客が損害賠償請求訴訟を起こしました。
驚いたのは、訴えの理由です。『日本航空は中国の“国の格”に最大限の侮辱を与えた』と訴えたのです。個人ではなく“国の格”に侮辱を与えたとは、他の国では言わないだろうと思います。最終的に日本航空と乗客は和解しましたが、『偉大なる中国にこんな侮辱を与えるのは許せない』という考え方はいまだに存在しています。同じようなことが今後起きても、おかしくはありません。
そこまで極端な事例ではありませんが、一般の中国人と雑談をしていて、『自分たちは優れている』という姿勢が頻繁に出てくるのは感じます。
例えば、中国でタクシーに乗ったとき、男性運転手が『日本の和服は本当に素晴らしい』と言いました。そこで、私も『日本の和服はきれいですが、チャイナドレスも和服と同じようにきれいで好きですよ』と答えると、『和服はきれいだが、チャイナドレスには及ばない。チャイナドレスは世界一美しい』と強硬に主張して譲らないのです。雑談でも、こうしたことは多発します。『中国がナンバーワン』という意識は、一般の中国人一人一人に染みついています」
Q.「自分たちこそが一番」という考えの中華思想は、周囲から見ると独善的でネガティブな印象もあります。そうした周囲からの見られ方を中国人はどのように思っているのでしょうか。
青樹さん「中国人は以前、外国が中国のことをどのように見ているのかという関心がとても強かったです。これは中国政府も一般の中国人も同様です。しかし、最近は外国が中国のことをどう思っているのか、以前ほど意に介さなくなっていると思います。
そうなった理由はまず、中国の国力や経済力が強くなったことがあります。もう一つ、一般の中国人が国内の言論統制で、客観的な見方ができる情報を得られていないことも理由です。外部から中国が批判されているということを、一般の中国人の8割は見たり聞いたりすることはできません。情報を与えられていないので、周囲からの見方が分からないのです」
中国人とどのように接する?
Q.中華思想を持つ中国人と接するとき、相手の価値観を尊重する上で、どのように接すれば衝突せずに円満な人間関係を築けるでしょうか。
青樹さん「異文化理解では当たり前過ぎる話ですが、中国人のメンツやプライドを尊重して理解することです。『中国人はこのように考えるのだ』と知ることが大切です。気を付けないといけないことがあります。中国人の知識階級の中には、中国の政治体制、封建思想に基づく古い習慣、迷信などを批判する人もいますが、そこで外国人の私たちが同調しては駄目だということです。
中国のいろいろな面でそれぞれ問題があることは多くの中国人が分かっているのですが、『外の人間から言われたくない』という本音があります。同調すると、中国人の方が一気に冷めて距離を取り、お互いのコミュニケーションが途切れてしまうのです。
『自分から言っておきながらどうして?』と思われるかもしれませんが、要するに、自分たちは自分たちの国のことを批判しても外国人からは批判されたくないということです。私たち日本人が外国人に『日本のここが駄目だ』と話したとき、相手が日本の駄目なところを次々と言うと面白くありませんが、中華思想的なプライドを持つ中国人は、その気分の害し方が激しいのです。
そのため、『この人と深いコミュニケーションを取りたい』と思う中国人にはよほど親しくならない限り、中国の駄目なところをストレートに指摘しない方がいいでしょう。中国人と話すときは、中国や中国人に対する批判は基本的に避けるようにしています」
オトナンサー編集部