東京メトロ、住友商事、Go Ahead Groupの3社で設立した合弁会社が、ロンドンの鉄道路線「エリザベス線」の運行に乗り出します。東京メトロが海外の鉄道運行を担うのは初めてですが、競合他社に勝って運行事業を受託するに至ったのには、4つの背景が考えられます。
2025年からエリザベス線を運行
英ロンドンの空の玄関口であるヒースロー空港に乗り入れた新しい鉄道路線「エリザベス線」の運行に、2025年5月から日本企業が携わることになりました。
エリザベス線(ロンドン交通局)。
エリザベス線は地方行政機関であるロンドン交通局が、子会社を通じてインフラの維持・管理をしています。このほど、ロンドン交通局が運行会社の入札を実施したところ、東京メトロや住友商事、多国籍企業Go Ahead Groupの3社で設立した合弁会社が受託する見通しとなりました。
海外の鉄道運行を担うのは初めてという東京メトロが、競合他社を蹴落とすことができたのは、4つの背景があるからです。
まずは、中国への警戒感です。
現行の運行会社は、英メディアによると中国政府が運営に関与している会社で、まだ中国との関係が良好だった2014年に当時ロンドン市長だったボリス・ジョンソン氏が決定した案件でした。直近では英中首脳が6年ぶりに首脳会談を行うなど、再び歩み寄りの兆しを見せていますが、現職のロンドン市長サディク・カーン氏は香港の民主派に歩み寄る姿勢を表明しています。同社の契約満了に伴い、ロンドン交通局の会長を務めているカーン氏が“中国切り”に動いたと見る英国メディアが散見されます。
次に、多くの乗降客をさばくことができる東京メトロのノウハウに注目したようです。
鍵を握っているのが、2030年に開業予定の新駅「オールド・オーク・コモン駅」です。ロンドン交通局がエリザベス線の入札結果を発表した資料に2度も名前を挙げていることから、その重要性がうかがえます。同駅にはエリザベス線のほかに、首都ロンドンとイングランド北部を結ぶべく建設が進む新しい高速鉄道「ハイスピード2(HS2)」なども乗り入れる予定で、一日平均の乗降人員は25万人を見込んでいます。
世界の金融都市で観光都市のロンドンですが、ロンドンの駅で2023年秋に一日平均の乗降人員が25万人を超えたのは、意外にもリバープール・ストリート駅のみです(英国運輸省発表資料による)。
エリザベス線は、そのリバープール・ストリート駅と新駅の2つを抱えることになります。運休・遅延などのトラブルなく新駅の開業で急増する乗客数をさばけるか。2023年度の一日平均乗降人員が72万人を超える渋谷駅や50万人の池袋駅(東京メトロ公式ページによる)など巨大ターミナル駅をいくつも持つ東京メトロのノウハウが喉から手が出るほど欲しい事情が、発表資料から透けて見えます。
東京メトロ「だからこそ」の強みも
さらには安全性に実績がある東京メトロだからこそ、選ばれたのではないでしょうか。
エリザベス線の発表資料には、今回の入札の結果、東京メトロを含む合弁会社による運行ならば「お客様とスタッフの安全に引き続き注力できる」と明記されています。東京メトロ発表資料の「安全・安定輸送の実現」という項目には、2022年度の鉄道運転事故件数は0件、予定時刻から5分以内の時間で発車できた定時運行率は99%という驚異的な数字が並んでいます。
エリザベス線の列車(ロンドン交通局)。
最後に、定時運行についてです。
ヒースロー空港とロンドン市内北西部のターミナル駅パディントンの間は、主にエリザベス線とヒースロー・エクスプレスが運行されていますが、空港へのアクセスは特に予定通りに着くことが求められます。
2023年度の定時運行率は、エリザベス線が87.4%(エリザベス線公式ページによる)、ヒースロー・エクスプレスが86.07%(ヒースロー・エクスプレス公式ページによる)と、遅延だらけの欧州の鉄道からしたら驚異的な成績でしのぎを削っています。競合他社に競り勝って、安全に定時に乗客を空港に運ぶためには、これまた、東京メトロの実績が欲しい事情がうかがえます。
中国切り、多くの乗降客をさばく、安全性、定時運行の4つの理由から東京メトロに軍配が上がったと見られますが、さらに、2024年7月に政権を握った労働党は、鉄道の国有化を最優先課題のひとつに掲げて実現を進めています。
英国の鉄道業界に再国有化の波が押し寄せている中、利便性が良く、業績も好調なエリザベス線は、今のところ国有化のリストには入っていない数少ない優良路線なのです。なんとしても国有化を避けたいエリザベス線の頼みの綱が、東京メトロなのではないでしょうか。