東西冷戦初期、世界中で垂直離着陸機の開発が盛んになりました。当時、軍民の垣根を越えて様々な形状が研究されましたが、そのなかでひときわ異彩を放っていたのが、「甲虫」と名付けられたフランスのC-450でした。
フランスで誕生した異形のVTOL実験機
第2次世界大戦後、1950年代から1960年代にかけて、滑走路を必要としない垂直離着陸(VTOL)可能な航空機が各国で盛んに研究されました。そのひとつがフランスで開発されたC-450「コレオプテール」です。
運搬用トレーラーも兼ねた発射台にセットされた状態のC-450「コレオプテール」(画像:アメリカ海軍)。
この機体は、フランスの国有企業スネクマが手がけたものですが、ダッソーやアエロスパシアル(現EADS)などの航空機メーカーと異なり、スネクマはいわばエンジンメーカーで、同社が機体まで完成させたのはC-450しかありません。そのせいか、非常に独創的な構造をしていました。
一番の特徴は、一見すると底の抜けたドラム缶のような形の主翼でしょう。これは「円環翼」と呼ばれるもので、内側にひと回り小さな胴体があり、その外側に主翼が円筒状に設けられています。この形状のメリットは、主翼の端がないため翼端で発生する空気の渦、いわゆる翼端渦による抵抗がなくなる点です。
また円環翼は、切れ目やかどのない円筒状なので、機体構造の面で強度的に有利で、軽くて丈夫な翼を作りやすいという特徴もあります。このほかにも、機首上向きの垂直離着陸機として左右表裏を同じデザインにしやすく、バランスがとりやすいというのも、採用された理由なのかもしれません。
実際、4枚の尾翼は水平尾翼と垂直尾翼を兼ねており、すべて同じ形状をしているほか、機体後端の車輪はシンメトリックで4か所に設けられています。
姿勢制御の難しさで墜落 機体なくなりテスト終了
C-450には「コレオプテール」という愛称が付けられましたが、これはフランス語で「甲虫」を意味する単語です。甲虫とは昆虫のなかでも、カブトムシやコガネムシ、テントウムシなど硬い外骨格を持つものを指し、その構造に由来するものでした。
燃料給油中のC-450「コレオプテール」。円環翼のなかに単発エンジン搭載の胴体部がある(画像:アメリカ海軍)。
1958(昭和33)年4月、C-450はフランス空軍に納入され、翌1959(昭和34)年からテストを開始、同年5月6日に初飛行に成功しますが、いざ実際に飛ばすとなると、上昇下降こそしやすいものの、そこから水平飛行に機体姿勢を変えるフェイズは困難を極めました。
初飛行から2か月半後の7月25日、9回目の飛行試験において、姿勢変換テスト中に機体が回転、制御不能に陥った結果、墜落し大破してしまいます。パイロットだけは脱出に成功し、重傷こそ負ったものの命を落とさずに済んだのが、不幸中の幸いでした。こうしてC-450の開発計画は、あえなく終了となりました。
なお外観からはわかりにくいですが、同機のコクピット内部は、機体の角度に合わせて操縦席のシートや計器盤も角度を変える可動式でした。機体が垂直姿勢でも水平姿勢でも常に同じ姿勢を保てるよう90度の範囲内で角度が変わるようになっており、シートがどの角度でも視界を確保できるよう、コクピットの左右側面や足もとには窓が設けられていました。
ちなみにアメリカでは、このC-450「コレオプテール」の開発計画に触発されて、「ヒラー VXT-8」という、同じような構造の円環翼VTOL機を1957(昭和32)年に計画しましたが、こちらは実物大模型(モックアップ)が作られただけで終了しています。