オープンは1945年
連休明けの9月21日(火)、ツイッターで都内の小さなお店が大きな話題となりました。「栄屋ミルクホール」(千代田区神田多町)が10月8日(金)で閉店するというのです。

栄屋ミルクホールといえば、多町大通りに面したレトロな建物で知られる、昭和風情がそのまま続くラーメン店。開店は1945(昭和20)年、東京のラーメン店でも屈指の老舗です。
そんな名店がなぜ76年の歴史に終止符を打つのか――。それも、間もなくということであれば、今一度味わっておかなくてはならないと、筆者(昼間たかし)は早速お店に向かいました。
行列がなかった理由
栄屋ミルクホールに到着したのは、ツイッターで閉店のニュースが拡散された翌日の本日22日(水)13時過ぎ。「きっと行列ができているに違いない」と思いながら、靖国(やすくに)通りから多町大通りに入ってみるとお店は見えましたが、行列はありませんでした。
ただ、お店の前で写真を撮っているお客さんがちらほら。のれんは出ていません。今日は定休日だったのかと思いましたが、なかには明かりがついています。そう、ニュースが拡散されたことで、朝からお客さんが行列してしまい、麺がなくなってしまったので早じまいしていたのです。
「昨日閉店のお知らせを貼ったんだけど、今日は朝10時からお客さんが並んでてね。前に『マツコの知らない世界』に紹介されたほどじゃなかったけど……」

早じまいのところにお伺いしたにも拘わらず、店主の高橋栄治さんは快く取材を受けてくれました。
閉店の真実
栄屋ミルクホールの始まりは、戦前に日本そば店を営んでいた高橋さんのご両親が空襲で焼け出された後、焼け残っていたこの店を借りてミルクホールを開いたことです。両親が高齢となり、高橋さんのお姉さんが一時期切り盛りしていたのを引き継いで、現在に至ります。
そんなお店が今回閉店を決めたのは、お店の区画の再開発計画がまとまったためでした。これで東京有数の老舗も閉店。このノスタルジックな味ももう失われてしまうのか――と筆者が思いきや、そうではありませんでした。
「お客さんも付いているからねえ。近所でいいところを探して、2月か3月には店を開こうと思うんだ。朝起きてやることがないと、酒を飲んでいるしかないから」
高橋さんは現在72歳。老舗の閉店というと、再開発などをきっかけに「年をとったのでそろそろ……」という話をよく聞きますが、その言葉からは年齢を感じさせない精悍(せいかん)さがありました。

つまり、昭和感のある現在の建物での営業は終了するものの、多くの人が愛する味はまだまだ続くということです。ちなみに高橋さんは8人兄弟。将来は兄弟の子どもの誰かに店を任せようと考えているそうで、次世代も安泰の様子。
まだお店を続けていく理由は、やはりお店の味を愛してくれるお客さんの存在です。昨年来のコロナ禍で多くの飲食店の客足が減ったというニュースをよく目にしますが、同店はまったく客足が衰えてはいないといいます。いかに、このお店のラーメン(カレーも人気です)が愛されているかがわかります。
レシピの基本は創業当時のまま
もともと店名の通り「ミルクホール」だった同店は、夏はかき氷やアイスクリーム、冬はお雑煮や安倍川(あべかわ)餅、それにラーメンなどの食事メニューがありました。
「昭和42、3年ごろまでだったかな。その頃までコンビニやラーメン専門店はなかったからね。その後、ラーメンにメニューをしぼったんだけど、そうしているうちにラーメンがブームになってうちのようなあっさりしたラーメンを喜んでくれるお客さんが通ってくれるようになったんだ」
材料に変化はあるもののレシピの基本は創業当時のままだそうで、この味は東京のラーメンの「原風景」といっても言い過ぎではないでしょう。

今回、閉店のニュースがツイッターで拡散されたことで、最終営業日の10月8日までは毎日行列ができることが予想されます。しかし高橋さんは特に仕入れを増やすことなく、これまで通りの営業を行う予定です。つまり今日のような、朝からラーメンを求める行列が続くのは間違いないでしょう(カレーや冷やし中華もたまりません)。
閉店で貴重な味が消滅するわけではないことに、筆者は胸をなで下ろしました。ああ、よかった、よかった。ただ、あのレトロな店内でラーメンを味わえる期間はもう長くありません。
