映画『トップガン マーヴェリック』で主人公らが駆るF/A-18戦闘機。しかし米海軍には最新ステルス機F-35Cがあるはず。なのに、高性能な同機はなぜか使われませんでした。じつは撮影にあたって現実的な理由があったようです。
銀幕デビューは戦闘機すらもスターに
アメリカ海軍の戦闘機乗りを題材にした映画『トップガン マーヴェリック』は、全世界で15億ドル(日本円で約2200億円)もの興行収入を打ち立てた有名作品です。本作の主人公は、タイトルにもある俳優トム・クルーズが演じる海軍パイロット(正確な役職は海軍操縦士)「マーヴェリック」ですが、彼を始めとした登場人物らに勝るとも劣らないほど劇中でスポットを幾度も浴びるのが、F/A-18「スーパーホーネット」戦闘機です。
同機は1999年より運用が始まった空母搭載の艦載戦闘機で、2024年現在、1隻の空母には4個飛行隊40機程度が搭載されています。そのため、現在のアメリカ海軍の主力機種といえる存在です。ただ、その一方で次世代を担う新型機としてステルス戦闘機F-35C「ライトニングII」の配備が始まっています。
F/A-18「スーパーホーネット」の複座型であるF型。前席に機体操縦をするパイロットが、後席にセンサーや兵器を専門で操作する兵装システム士官(WSO)が乗り込む(画像:アメリカ海軍)。
1986年に公開された前作『トップガン』では、F-14「トムキャット」が主人公たちの愛機として活躍しており、これが同機の圧倒的な知名度とその後のゆるぎない人気につながったと言われています。従来、マニアを中心に限られた人にしか知られていない存在であったF-14が、映画の爆発的なヒットによって広く世間一般にも知られる戦闘機の代名詞的存在にまで昇華したのは事実でしょう。
そのため、続編である『トップガン マーヴェリック』でも、主人公とその仲間が乗る戦闘機が注目されることは、映画製作陣や協力するアメリカ海軍もきっと想定したはずです。
そうなると、今後の海軍航空部隊の顔として古いF/A-18よりも、新しいF-35Cを押したくなる関係者もいたと考えられます。しかし、劇中で主役機となったのは前者の方でした。これはなぜでしょうか。
2人乗れないと映画は無理
本作未視聴の人がいるかもしれないので多くは語りませんが、劇中でF-35Cが使われなかった理由はしっかりと説明されています。しかし、それとは別に制作するにあたってF/A-18でないと撮影できなかった、すなわちF-35Cでは無理だった現実的な理由があります。
まず挙げられるのは、実機を使ったコックピット撮影をするには複座型があるF/A-18しか選択肢がなかった点です。
本作の飛行中のコックピットシーンの多くは、実際に俳優たちが本物のF/A-18に乗り込んで撮影しています。しかし、アメリカ国防総省の規定ではアメリカ軍の軍用機を民間人が操縦することを禁じているため、撮影では複座型のF/A-18Fが使われ、前席で現役アメリカ海軍パイロットが操縦し、後席に俳優たちが乗り込んでいました。このような撮影は複座型がない、ひとり乗りしか存在しないF-35Cでは不可能です。
空母に着艦するアメリカ海軍のF/A-18F「スーパーホーネット」(画像:アメリカ海軍)。
撮影用のカメラは、前席と後席のあいだのコックピットコンソールの上部に4台、キャノピーのフレーム部分に2台の、計6台設置していました。カメラは「GoPro」に代表される小型のウェアラブルカメラではなく、ソニー製のシネマカメラ「VENICE」が使われ、これら機材の総重量は40ポンド(約18kg)にもなったそうです。また、迫力ある空撮シーンを撮影するために、コックピットとは別に機体外部にも4台のカメラが搭載されています。
そのため、設置作業は改造や新しい専用マウントを用意する大規模なものとなり、アメリカ海軍の技術者が協力して作業を実施し、最終的には衝撃・振動・風洞試験まで行って安全性と機能確認が行われました。
このような大がかりな設置作業は、F-35では機密性の高さやステルス機ゆえに難しかったと思われます。
F-35がほぼ出なかったもうひとつの理由
だからか、本作でF-35Cが登場したのは有名曲『Danger Zone』が流れるオープニング部分の数カットのみで、劇中では機体そのものがまだ存在しないかのような扱いとなっています。実はこれにも理由があります。
本作の公開は2022年ですが、撮影自体は2018年に行われています。ロケは複数の基地と空母で実施されていますが、この段階でF-35Cは運用テストを実施している段階で第一線配備されておらず、撮影に協力できる部隊も機体もありませんでした。
じつは、オープニングに登場するF-35Cが撮影できたのも偶然に近いもので、当時撮影クルーが乗り込んだ空母のひとつでF-35Cの運用試験が実施されており、それがオープニングのカメオ出演に繋がったそうです。
編隊飛行するアメリカ海軍のF/A-18F「スーパーホーネット」(下)とF-35C「ライトニングII」(上)。後者はひとり乗りしかないため、俳優を乗せて飛びながら撮影することは無理(画像:アメリカ海軍)。
海外の複数のメディアでは、『トップガン マーヴェリック』の続編、いわゆる『トップガン3』の製作準備が進められていると報じています。本作の人気の高さを考えると、あり得るハナシで、実際、続編の登場を世界中の人々が待ち望んでいます。
とはいえ、仮に『トップガン3』が制作された場合、その主役はF-35Cになる可能性が高そうですが、実機を使った撮影は前述したような理由から難しいと思われます。
昨今ではVFXの発達によって、実機に乗らなくとも「それらしい」作品に仕上げることは可能でしょう。しかし、数多くの映画でスタントマンを使わないことで有名なトム・クルーズが、『トップガン マーヴェリック』でも貫き通した実物・現場主義を曲げるとも思えません。
本当に『トップガン3』が作られるのなら、どのような戦闘機が主役となり、どんな方法で撮影されるのか、非常に気になります。