2020年8月のお盆シーズン、都内で陸上自衛隊の16式機動戦闘車に関し、一般道を走っている姿の目撃情報が相次ぎました。実はこれも訓練の一環であり、そしてそれこそが従来の戦車と異なる16式ならではの戦い方に関連しています。
都内で多数の「戦車」目撃情報…なにが起きていたの?
今年(2020年)8月のお盆期間中、「環八に戦車居た!」「サービスエリアで戦車休んでたW」という目撃情報がいくつもSNS上に投稿されていました。この「戦車」とは、陸上自衛隊の「16式機動戦闘車」(以下「16式」)です。上だけ見ると戦車ですが、足回りは従来の戦車と違ってタイヤになっています。
スラローム走行しながら真後ろに行進間射撃を行う16式。右上に飛翔する弾頭が捉えられている(2020年8月22日、月刊PANZER編集部撮影)。
16式登場前は、一般道で戦車を見かけることはほとんどありませんでした。北海道や九州の一部では一般道を戦車が走りますが、履帯(いわゆるキャタピラ)が道路面を傷めますので戦車も道路にも準備が必要で、いつでもどこでも走れるわけではありません。通常、自走することなく輸送車に載せられて深夜帯に運ばれますので、一般の目につくことはほとんどありません。
しかし16式は一般道や高速道路を大いに走ります。この迫力ですから目立ちまくりでSNSにもアップされます。接触事故でも起こそうものなら(相手車が)ひとたまりもありませんので、乗員は大変気を使っています。写真を撮ろうとむやみに接近しすぎたり、煽ったりしないようにしましょう。
畑岡射場で待機する16式機動戦闘車。後ろに見えるトラックから砲弾を受け取る(2020年8月22日、月刊PANZER編集部撮影)。
ちなみに8月に都内で目撃された16式は、第6師団隷下の第22即応機動連隊所属で、宮城県の大和駐屯地から練馬区の朝霞駐屯地を経由して、静岡県御殿場市の東富士演習場へ向かう途中でした。約500kmの行程です。
16式が一般道を走るのは、目的地に一刻も早く駆け付けるためです。戦車は先に紹介したように、長距離移動するには色々な準備が必要で即応性に欠けます。しかし16式は、それこそエンジンを掛ければすぐに出発できます。
訓練開始前に、点検射を行う16式機動戦闘車。砲塔の後ろの青ヘルメットの隊員は射撃手順を確認する安全係(2020年8月22日、月刊PANZER編集部撮影)。
16式の特徴は「走り」です。「走り」には大きく「戦略機動」と「戦術機動」の2種類があります。道路を使って地域間を移動するのが戦略機動、戦場で戦闘のため地勢に従って走るのが戦術機動です。戦車は戦略機動においてはほかの輸送手段頼りですが、戦術機動ではそのキャタピラで色々な地形を走破できます。一方16式は、戦略機動は単独で行えますが、戦術機動については戦車ほどの走破性はありません。
デジタル化された「鉄馬の流鏑馬」
第22即応機動連隊は8月中旬からこの2種類の「走り」を訓練しました。500kmの戦略機動後、東富士演習場畑岡射場で戦術機動、戦闘射撃訓練を行ったのです。
弾薬交付所で105mm砲弾を開梱し各車に運び込む。弾頭部には保護用のカバーが付いている(2020年8月22日、月刊PANZER編集部撮影)。
第22即応機動連隊の機動戦闘車隊は旧第6戦車大隊から改編された部隊で、16式の乗員の多くは74式戦車や90式戦車からの転換です。話を聞いたところ、戦法は16式と戦車とで全くの別物と言い切ります。
重さ約20kgの砲弾を持ち上げて砲塔ハッチから一発ずつ収納していく。万一落としても爆発しないが、大けがはしかねない(2020年8月22日、月刊PANZER編集部撮影)。
16式の乗員に徹底されている戦法をひと言でいうと「つねに位置を変えろ」だそうです。16式の装甲は戦車ほど厚くありません。そのぶん軽量で速く走れます。敵に見つからず、敵の弾に当たらないように走りまわって位置を変え続けるのが基本です。しかしキャタピラより走破性に劣りますので、戦車だったら行ける場所に16式は入っていけません。この地形の見極めも大切だそうです。
高速走行しながらも、僚車からのデーターリンクで敵位置を把握し照準を定めている(2020年8月22日、月刊PANZER編集部撮影)。
今回の射撃訓練などを実施した東富士演習場畑岡射場といえば、「富士総合火力演習(そうかえん)」の会場として知られます。第22即応機動連隊の16式が、そこを縦横に走りながら次々と現れる標的を射撃します。撃ったらすぐに移動する為、反斜面待ち伏せでは、発砲後ただちに離脱できるように後面を敵に向けて射撃するという、戦車ではありえない16式ならではの「一撃離脱戦法」も見られました。
反斜面で後面を敵方に向けての待ち伏せ姿勢で射撃する(2020年8月22日、月刊PANZER編集部撮影)。
74式戦車の場合は基本、停止して射撃します。90式戦車になって、等速で直線的に動きながら射撃が可能になり、10式になってスラローム走行で、しかも標的が動いていても命中弾を浴びせられるようになりました。90式から10式への技術的進歩は異次元レベルです。そして、16式も10式と同じ射撃照準システムを搭載しているといわれています。
待ち伏せ射撃後、素早く「一撃離脱」出来るよう後進して反斜面射座に入ろうとする16式(2020年8月22日、月刊PANZER編集部撮影)。
16式はあらゆる方向に対して、あらゆる姿勢で高速で走行しながら正確な射撃を繰り返しました。一見すると何でもないことのように思えますが、タイヤという軟体で接地している装甲車で74式戦車と同じ105mm砲の正確な射撃を行うというのは、大変な技術的進歩なのです。馬に乗って疾走しながら弓矢を放つ「流鏑馬(やぶさめ)」という武芸がありますが、まさに21世紀の鉄馬による流鏑馬といってもよいでしょう。
砲口径の大小が絶対的ではないことを表す16式の「戦い方」
もうひとつの特徴が「ネットワーク化された戦闘」です。動きながら正確な射撃ができるとはいっても、敵を見つけられなければそもそも意味はありません。今回の戦闘射撃訓練では「小隊戦闘ネットワーク」が使われ、同じ小隊の16式が見つけた敵をほかの16式が別方向から射撃するという戦法が行われました。16式の戦い方は走り回ることも大切ですが、このネットワークで「群れで戦う」ことで真価を発揮します。
2019年の「総火演」でスラローム射撃する10式戦車。90式と比べても精度は別次元。16式の射撃照準システムも同等のものという(2019年8月24日、月刊PANZER編集部撮影)。
10式や16式のネットワーク戦闘システムは、イージスシステムの陸戦版ともいえます。ごく簡単に紹介すると、隊内の各16式からのリアルタイム情報を隊長が集約し、敵味方を識別して自動的に脅威度を判定評価し、攻撃優先順位を指定します。その内容はつねに隊内で共有されます。場合によっては初弾発射を隊長に委任することも可能です。各車がバラバラに戦闘を行うより無駄が無く、主導権を取りやすく攻撃力も大きくなります。
アメリカの研究機関によれば、地上戦において、従来型の音声無線のみの中隊はネットワーク化された小隊に瞬殺されるそうです。105mm砲では威力不足との声も聞こえてきそうですが、戦場の主導権を奪われたら105mm砲だろうが120mm砲だろうが大した意味はありません。そもそも射撃する機会すら与えられません。
16式の真価は、ネットワーク戦闘システムで群れて流鏑馬ができる、ということです。しかしこれが「技術立国」日本の16式だけの特技だと思ってはいけません。デジタル戦争は現在進行形であり、ガラケーのようにあっという間に陳腐化するということもあるのです。
※一部修正しました(10月7日12時45分)。