神戸市営地下鉄海岸線では、中学生以下の運賃無料という全国唯一の取り組みが行われています。同地下鉄でも海岸線だけですが、なぜこのような施策が行われているのでしょうか。
大震災が命運を分けた地下鉄は「中学生以下無料」
2001(平成13)年に新長田~三宮・花時計前間7.9kmで開業した神戸市営地下鉄海岸線では、全国の鉄道で唯一の取り組みが行われています。日本全国の中学生以下の運賃を無料にする「海岸線中学生以下フリーパスポート」です。同じ神戸市営地下鉄の西神・山手線や北神線では、そのようなサービスは行われていませんので、海岸線の際立った個性といえるでしょう。
神戸市営地下鉄海岸線の5000形電車(安藤昌季撮影)。
そもそも、海岸線とはどのような路線なのでしょうか。海岸線は神戸市中央区、兵庫区、長田区南部の利便性を高め、再開発地域を活性化させるために計画されました。始まりは1968(昭和43)年の神戸市交通事業審議会で、路面電車の代替交通機関として検討されます。1989(平成元)年の「運輸政策審議会答申第10号」で具体化され、当初計画は新長田駅の起点こそ変わりませんが、三宮・花時計前駅からさらに延伸して、新神戸、あるいは東灘区方面に延伸する予定でした。建設費低減のために、鉄輪式リニアモーターのミニ地下鉄が採用されました。
1994(平成6)年より海岸線として建設が始まりましたが、翌年に阪神・淡路大震災が発生します。この大震災が海岸線の運命を大きく左右したのです。
海岸線の通る長田区は、路線建設前の1985(昭和60)年は人口が14万8590人でしたが、震災後の1995(平成7)年には9万6807人と67%まで減少。兵庫区も同13万429人に対し、1995年には9万8856人と75%まで減少してしまったのです。
利用促進のための社会実験路線へ
2024年現在は、長田区が9万2604人、兵庫区が11万3人であり、震災前の人口には戻っていないのが現状です。震災からいち早く復興したJR神戸線や、営業エリアが重なるJR和田岬線からの乗客転移が予想ほど進まなかったことなど様々な要因が重なり、海岸線の利用客数は伸び悩みます。
開業前に予測されていた初年度の利用客数は8万人、2005(平成17)年には13万人とされていましたが、遠く及ばず、これまで最大だった2019年でも5万1400人に留まっています。こうしたことから、経営努力で赤字幅が3分の1まで圧縮されてはいるものの、現時点では日本の地下鉄で最も赤字額が大きい路線です。
このような状況を受け、海岸線では2009(平成21)年より、利用促進のための社会実験が行われました。2回分の乗車券と沿線施設優待券をセットにした「都心回遊切符」や、1日乗車券である「“乗っ得”1dayパス」、駅間距離1km以下の区間は大人110円、小児・敬老60円で利用できる「1キロきっぷ」の販売などです。
海岸線は新長田~三宮・花時計前間を結ぶ(安藤昌季撮影)。
そして現在でも行われているのが、冒頭で紹介した「海岸線中学生以下フリーパスポート」です。学生証などで身分を証明すれば、定期券発行所で発行できます。
もともと神戸市営地下鉄では、土休日などに「大人1人につき、小学生以下2人まで運賃無料」という「エコファミリー制度」を実施していますが、海岸線はさらに踏み込んだわけです。
利用客からの反響は?
子ども運賃の大幅値下げは、小田急電鉄が2022年より、ICカード利用に限り一律50円を打ち出し話題となりました。これは鉄道収入ベースで小児運賃収入の割合が1%未満であることから実現できたものですが、無料というのは類を見ません。
なぜ、このような施策を行っているのか、神戸市交通局の広報に質問してみました。
「海岸線中学生以下フリーパス」の概要(画像提供:神戸市交通局)。
――なぜ海岸線では、中学生以下無料施策をしようと考えたのですか?
海岸線沿線の市街地西部地域に若年世代や子育て世帯の交流・流入・定住促進、沿線地域活性化を目的に、2017年7月から実施しています。当初は社会実験として実施してきましたが、事業継続が今後の人口動態にプラスの影響を与えると期待できることから、2023年4月より本格実施に移行しました。
――施策実行後に、お客様からどのような反響をいただきましたか?
直接お客様からのご意見をいただいたわけではありませんが、社会実験期間中に実施したアンケート調査では、約7割の方に「フリーパスがあることによって地下鉄海岸線沿線地域に住みたい・住み続けたい」と回答いただき、約9割の方に「フリーパスがあることによって子育て世帯や子どもに優しい地域という印象につながると思う」と回答いただきました。
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筆者(安藤昌季:乗りものライター)の私見と前置きしますが、世界一高い平均年齢である我が国では、子どもへの優遇措置は理に適ったものだと思います。海岸線の試みが社会的成功を収め、ほかの地域に拡大していくことを期待します。