実は恋人が欲しくてたまらない現代人
進学や就職といった人生の「ポジティブな転機」で上京する若者たちは、いつの時代も夢と希望でいっぱいです。もちろん学業や仕事にいそしみたいという考えはありますが、それとともに比重が高かったのが恋愛です。
東京は地方に比べて圧倒的に人口も出会いの機会も多いはず――。誰もがそんな夢を持っていたのです。特に、1990年前後に上京した若者たちは……。
リクルートマーケティングパートナーズ(品川区上大崎)の運営するリクルートブライダル総研が2020年1月に発表した「恋愛・結婚調査2019」によると、全国の20~49歳までのうち「恋人がいない人」は67.9%。20代で「交際経験がない人」は33.1%となっています。
これだけ見ると「世の中はすっかり草食化したのか」と思いがちですが、実際には恋人がいない人のうち56.2%は恋人が欲しいと答えています。とりわけ20代男性では57.3%、20代女性では70.5%に上ります。
恋愛に積極的だった1990年代の人たち
今やインターネットやスマートフォンが普及し、出会いの手段は多様化して、チャンスも増えているはずですが、どうしてこのような結果が出ているのでしょうか。
おそらく、無料通話アプリやSNSを使ってコミュニケーションが容易になった一方、一般的な恋愛の手順やテクニックが確立されていないのが理由でしょう。この点が、もっと直接的に行動していた1990年前後の人たちとの違いです。
そんな今から30年ほど前の時代、恋人を渇望する男女の間で大人気になっていた番組があります。『ねるとん紅鯨団』です
毎週土曜日深夜に放送されるこの番組は放送時間が23時台からにもかかわらず、視聴率が20%を超える異例のヒットとなっていました。番組を作っていたのは、それまでも『パンチDEデート』『プロポーズ大作戦』などのお見合い番組を手がけていた関西テレビです。
企画力が光っていた番組
オンタイムで見ていなかった人のために説明すると、『ねるとん紅鯨団』とは男女15人ずつが野外でお見合いをする番組でした。内容はそれだけです。
収録は2週間に一度、司会のお笑いコンビ「とんねるず」の石橋貴明さんと木梨憲武さんがそれぞれにわかれて収録。そして、浅草の「STUDIO ROX」で映像を見ながらゲストを交えてトークをするという流れです。
それまでのお見合い番組が司会のトークと出演者のキャラクターに頼っていたのに対して、『ねるとん紅鯨団』は毎回、
・自転車でデート
・長い髪の少女特集
などの一歩踏み込んだ仕掛けがありました。
とりわけ車、もとい「クルマ(当時はカタカナで書くのがオシャレでした)でデート」は応募者の人気が高かったといいます。各テーマに合わせて番組中に表示されるテロップも、「素敵なあの娘をとなりに乗せて、夜のハイウェイに飛び出そう」などとしゃれていました。
乗っているクルマの車種が重視された時代、男性陣はこれでもかと自慢のクルマに乗って駆けつけるのです。
いいクルマに乗ってればいいってもんじゃない
しかしそんな時代にあっても、番組は予想のつかない「愛の真実」を見せてくれました。あるクルマ回で、4万円のダイハツのコンパクトカー・シャレードに乗った男性が登場。シャレード自体は性能の良いクルマのですが、当時人気があったかどうかといえば…………おまけに4万円です。
ところが告白タイムになり、4万円の男性と高級車の男性のふたりに告白された女性はシャレードにOKを出したのです。このとき女性がつぶやいた
「クルマじゃないのよね、男は…………」
というセリフが、クルマなど夢のまた夢だった上京組の若者に希望を与えたことは言うまでもありません。
さらに、女性がどう見ても「ゴメンナサイ」をすると思いきやなぜかOKになったり、またその逆になったりする「大ドンデン返し」も視聴者が待ち望んでいました。ある回では「ゴメンナサイ」された男性が、いきなり土下座をしてOKを勝ち取ったこともあります。
現代人よ、恋愛をしよう
この「大ドンデン返し」とともに流行語になったのが「イナイ歴」です。番組では、男女ともにプロフィルに必ず彼氏・彼女のイナイ歴がテロップで流れます。中には「イナイ歴21年 = 年齢」という男女もいました。
そんなイナイ歴同士のカップルが成立したとき、木梨さんは「あのときはすごい感動だった。2人とも本当にうれしそうで…………」と仕事を忘れ、本物の感動を語っています(『週刊女性』1988年6月21日号)。
ちなみに、番組から結婚へと至った最初のカップルは番組スタート半年で誕生。1988年5月28日の放送回では、挙式の様子を放送しています。
この番組が高視聴率を獲得した理由は、とんねるずを起用したことにほかなりません。担当プロデューサーの越智武彦は取材に対してこう答えています。
「司会にとんねるずを起用したのが1番の勝因。彼らは若者には頼れるお兄さんという存在で、本音で助言してくれるという信頼感を寄せているようです」(『週刊朝日』1988年8月19日号)
デートの収録中には参加者にアドバイスを与えている、とんねるずのふたり。番組で放送されるのは一部ですが、きっとさまざまな助言があったのでしょう。
そして民放各局では『ねるとん紅鯨団』を追うべく、お見合い番組が急増しました。日本テレビでは、マドンナと呼ばれるひとりの女性が男性7人を選ぶ『恋々!!ときめき倶楽部』を。大阪朝日放送では、女性が親とペアで出場し、6人の男性から「ムコ」を選ぶ『娘100人!ムコ6人!』が制作されています。しかし『ねるとん紅鯨団』の前には亜流の域を出ませんでした。
恋愛に消極的な現代の東京人たちに必要なのは、出演者が熱く燃えて視聴者も一緒になって楽しめた、こんなお見合い番組ではないでしょうか。