イライラ、ドキドキ、モヤモヤ......。感情は自分の意思とは関係なく湧いてきて、私たちを幸せにもするし、どん底につき落としもします。そのたびに振り回されるわけですが、メンタルがいつも安定している人なんていませんよね。実際、現代人のメンタルは「史上最悪」で、あらゆる世代がうつや不安、孤独に蝕まれているそうです。
メンタル不調の予防法・対処法にもいろいろありますが、ここでは「脳の機能」と「脳はなぜそのように機能するのか」に焦点を当てた「心の取説(とりせつ)」をご紹介します。スウェーデンの精神科医であるアンデシュ・ハンセンさんの『メンタル脳』(新潮社)です。「へぇ」「なるほど」の連続で、ページをめくる手が止まりませんでした。脳内で何が起こっているのかを知り、ネガティブな感情すら興味深く思えてくる一冊です。
脳は勘ちがいしている
脳内では1日に数百種類の感情が生まれているそうです。幸福だけならいいのですが、それは土台無理な話。もしハッピーで明るい感情しかなかったら、人類はとっくの昔に絶滅していたといいます。一体どういうことなのでしょうか。
脳には他の何よりも重要な任務があり、それは「あなたを生かしておくこと」です。(中略)脳はどんな犠牲を払ってでも、とにかくあなたに生きのびてほしい――そこで感情が重要になってきます。なぜなら脳にとって、感情こそがその人のメンタルを左右し、行動に移させるための手段だからです。
ここで面白いことが書かれています。脳は現代とまったく異なる世界で進化してきたため、今でも「昔のままの世界にいる」「サバンナで狩猟採集民として暮らしている」と勘ちがいしているというのです。
感染症、出血多量、事故、飢え、脱水症状、殺人......。狩猟採集民の世界では、2人に1人が10代になる前に死に、大人になっても危険は続きました。人間の歴史のじつに99.9%の時間がそうだったため、脳は危険に強く反応するように進化してきたのです。
たとえば、崖のふちに近づいたら「怖い」と思い、不安になって足がすくみます。これも、脳が生きのびるために正しい選択をさせようとしているから。元をたどれば、私たち全員が狩猟採集民。脳は危険を遠ざけようと、恐怖や不安の感情を使っているのです。
警告を発するのが好きな部位
感情も行動も、自分の意思でそうなっているものと思い込んでいましたが、脳はそんな重要な任務を遂行していたのですね。ただ、恐怖や不安の感情はしんどいもの。なんでも脳は過去1万年、基本的に変わっていないといいます。現代は数千年前ほど多くの危険がないにもかかわらず、脳は昔と同じように危険を認識してしまう。だから私たちはむやみに危険を感じたり、悪いことが起きていると思ったりするのです。
ここで押さえておきたいのが、脳内の扁桃体(へんとうたい)という部位の役割です。その1つに、「脳の警報センター」があります。「肝心な時に鳴らし損なうよりは鳴らし過ぎた方が良い」という仕組みで、ちょっとした危険でも警報を大々的に鳴らします。
強い不安を感じると、手は冷たくなるし、頭は真っ白になるし、「もはや絶体絶命」という心境になりますよね。そんなときは、「扁桃体が勘ちがいしているだけだ」「警報器の誤作動だ」という発想の転換を。
脳にしてみれば、不安は「危ないかもしれない」と警告する手段なのです。不安は自然な防御メカニズムで、人類の歴史を通じて私たちを危険から守ってきました。ですから不安を感じるということは人間として正常に機能している証拠でもあるのです。
「不安は危険なものではない」「自分がおかしいのではない」という著者のメッセージは、不安のまっただ中で思い出したいものでした。
いつも幸せではいられない
読んでいるうちに、感情やメンタルのとらえ方が変わってきました。鬱々としているとき、そんな自分に嫌気がさして、ますますどつぼにはまりがちですが、一歩引いたところから見られるようになってきたのです。
なぜ感情があるのか。なぜ不安を感じるのか。こうならないように○○する、こうなったら○○する、という方法を知ること以上に、そもそものところから知ることがメンタルに効くのだなと、個人的には思いました。
たとえば、「脳は幸せなんてどうでもいい」とあります。何か1つ手に入ると、また次の何かが欲しくなる。欲望が満たされて幸福なのは、一瞬です。なんて欲深いのだろうと、またしても嫌気がさしますが、これも脳の機能によるもの。
幸せという感情は消えるもので、そうでなければ役に立ちません。エヴァがサバンナの木の下で美味しい果物を食べて永遠に満足してしまったら、数週間以内に飢え死にしたでしょう(しかも満足な笑みを浮かべたまま)。私たちは常に新しいゴールを設定します。そうやってこれまでずっと生きのびてきたのです。
なんだ、幸せはずっと続かなくて当たり前だったのかと、気が楽になります。本書は、脳科学からメンタルの問題を解説した世界的ベストセラー『ストレス脳』(新潮社)を、よりわかりやすくコンパクトにしたもの。書店やランキングで何度も見かけて、気になって手にとりました。
10代向けとのことですが、親世代が読んでも知的好奇心をそそられっぱなし。至近距離で真正面から見ていた自分を、一歩引いて別の角度から見られるようになったことが、大きな収穫でした。読んだらすぐ人にすすめたくなる、一読の価値がある「心の取説」です。
(Yukako)