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AIが人気歌手を失業させる日  本物そっくりの歌声で他人のヒット曲カバー

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ステファニー・スン(写真:アフロ)
ステファニー・スン(写真:アフロ)

【連載】デジタル中国

2000年代に超売れっ子だった歌手、孫燕姿(スン・イェンツー、英語名ステファニー・スン)」の歌声をAI(人工知能)に学習させ、他の歌手のヒット曲をカバーさせる「AI孫燕姿」が中国でバズりにバズっている。

あまりのそっくりぶりに、リスナーたちは AIが音楽業界に新風を吹き込むのか、あるいは歌手を失業させるのか、侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を繰り広げている。

「推しの子」主題歌もカバーされる

シンガポール出身の孫燕姿は2000年代前半に爆発的な人気を博した、アジアを代表する歌手の1人だ。過去には倉木麻衣ともデュエットしている。ただ、最近は新作の発表も少なく、「昔売れていた人」というイメージを持たれているようだ。

彼女の名前が中国のSNSを埋め尽くしたのは、2023年5月中旬。孫燕姿の歌の特徴を"完コピ"したAIが、他の歌手のヒット曲をカバーするコンテンツが中国の動画配信サイト「ビリビリ(BiliBili)」にいくつも公開されていることが判明した。再生数が最も多いのは、中華圏で絶大な人気を誇る周杰倫(ジェイ・チョウ)の楽曲「髪如雪」のカバーで、4月14日に公開されたコンテンツは5月30日朝時点で222万回再生されている。

動画の弾幕やコメントは、孫燕姿の声や歌い方の再現度の高さへの驚きであふれている。AIと知らなければ、孫燕姿自身の声だと疑わなかったとのコメントが圧倒的に多い。

AI孫燕姿の存在が周知されたことをきっかけに、ビリビリ動画では他の有名人のAIも多く発掘された。日本のテレビアニメ「推しの子」の主題歌である「アイドル」や宮本浩次の「冬の花」をカバーしているのは、トップ芸人・郭徳綱の音声を学習した「AI郭徳綱」。もはや歌手ですらない。

好きな歌手に好きな曲を歌わせる

ビリビリ動画で公開されているコンテンツは、オープンソースのAI音声変換ソフト「Sovits」を利用して制作されている。中国メディアによると、ノイズがない本人の声のデータが2時間分ほどあれば作成でき、歌手なら20~40曲の持ち歌があればいいという。AI孫燕姿はSovitsが話題になった今年3月に最初の"カバー曲"が登場し、複数のクリエイターによって少しずつ楽曲が増えていったとみられる。

著名人の声をAIで再現する試み自体は、決して新しくない。日本でも昨年9月、ひろゆき氏のAI音声で動画生成ができるジェネレーター「おしゃべりひろゆきメーカー」がリリースされた。

だが、AI孫燕姿の精度の高さは、従来のAI歌手と段違いだという。全盛期にアルバムが200万枚セールスを記録するなど超ヒットメーカーだったものの、最近は動向があまり報じられず、半分忘れられていた孫燕姿がAIとしてよみがえり、全盛期の歌声で今の流行曲を歌っていることも、話題性を高めた。

日本で言うと、時代的には宇多田ヒカル、「歌声をほとんど聞けなくなった」という点で見れば中森明菜のAIが、YOASOBIや米津玄師のヒット曲をカバーするイメージだろうか。

「著名人の歌声をAIで生成し、別の歌手の曲をカバーさせる」技術が、それほど難しいことをせず利用できるようになったことも衝撃的だ。2019年のNHK紅白歌合戦では、故美空ひばりさんの歌声を機械学習したAIに新曲を歌わせる「AI美空ひばり」が登場したが、その実現には多くの労力がかけられていた。

あれからわずか3年で、AIはこのレベルに達したのである。

AI小室哲哉も夢物語ではない

AI孫燕姿は社会に2つの問題も投げかけた。一つ目は言うまでもなく「著作権」だ。生成AIの著作権はまだ議論の最中だが、技術を提供するプラットフォームは独自ルールを定め始めている。バイドゥ(百度)が提供する対話型AI「文心一言」は、同プラットフォームで生成した画像の著作権はバイドゥに帰属すると明記し、文心一言で生成されたコンテンツが原作者の権利を侵害した場合の救済窓口を開設する意向を示している。

もう一つの問題は、「AIが歌手を含めた音楽関係者の仕事を奪うか」というより根本的な問題だ。誰もが好きな歌い手(AIが音程などを整えてくれるなら、そもそも歌手である必要すらない)にヒット曲や好みの曲を歌わせることができるようになる未来が、音楽業界にどのような影響を及ぼすのか。また、実在の人物の歌声をAIで再現するにとどまらず、生成AIが人の好みを学習して、ヒット確率の高い、あるいは中毒性のある楽曲を作詞作曲し、人に好まれる歌声まで生成する未来も遠からずくるだろう。今はAI孫燕姿だが、AI秋元康、AI小室哲哉だって夢物語ではない。

これらの点について、中国では「大勢のアーティストや作詞家・作曲家が失業する」「アーティストに新しいチャンスを提供する」と意見が分かれている。

アーティストの間でも対応は分かれる。自分の歌声をコピーしたAI歌手を敵視するアーティストがいる一方で、起業家イーロン・マスク氏の元妻でアーティストのGrimesは4月24日、ロイヤリティを折半することを条件に、自分の声を自由に使って曲を作っていいとツイッターに投稿した。

その後、Grimesのチームは、彼女の声で楽曲を歌わせるためのソフトウエアを発表した。

渦中の人となった孫燕姿も5月22日、「太くなるウエストと子育ての日々に絶望しかけていたとき、AI孫燕姿なる輩が現れ、筆を取らずにはいられなかった」と始まる文章を発表した。

孫燕姿は、SNSでの「昔売れていた歌手が人気を取り戻した」との評価に、「自分がオワコンであることは認める」と皮肉を交えつつ、「数分で新曲をリリースできるようなAIには勝てるはずがない」「人類がAIを超えられなくなる日も遠くないだろう」と白旗を揚げた。ただ、自分の声が利用されることへの賛否は明らかにせず、「自分は映画館の一番いい席でポップコーンを食べている観客のようだ」との比喩で、当面は傍観に徹する姿勢を強調した。<J-CASTトレンド>

浦上早苗
経済ジャーナリスト、法政大学MBA兼任教員。福岡市出身。近著に「新型コロナ VS 中国14億人」(小学館新書)。「中国」は大きすぎて、何をどう切り取っても「一面しか書いてない」と言われますが、そもそも一人で全俯瞰できる代物ではないのは重々承知の上で、中国と接点のある人たちが「ああ、分かる」と共感できるような「一面」「一片」を集めるよう心がけています。
Twitter:https://twitter.com/sanadi37

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