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東京23区の鉄道空白地帯――別名「世田谷の秘境」には一体何があるのか?

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のどかな雰囲気が漂う世田谷区「宇奈根」

 東京の23区にも、鉄道の駅から遠く離れた「陸の孤島」と呼ばれるエリアがいくつかあります。世田谷区西南部に位置する宇奈根もそんな町のひとつです。「世田谷の秘境」などと呼ばれることもありますが、実際はどんなところなのでしょうか? 近接する鎌田、岡本と併せて紹介します。

 宇奈根の最寄り駅は東急田園都市線と大井町線が接続する二子玉川、小田急線の成城学園前か喜多見、もしくは狛江市の狛江か和泉多摩川になりますが、どの駅からも2kmほど離れており、歩くと20~30分かかります。

世田谷区岡本にある岡本公園民家園。旧長崎家住宅主屋(左)と旧浦野家土蔵(画像:野村宏平)

 地形的には、南を多摩川、北を野川に挟まれた低地で、西側を東名高速道路が通り、東側には駒沢大学玉川キャンパス(世田谷区宇奈根1)があります。

 かつては一面に田園風景が広がる農村地帯でしたが、現在は大部分が住宅地に変わりました。数年前まで人々の目を楽しませていたひまわり畑が宅地化されしまったのは残念ですが、それでも農地や野菜の直売所が散見でき、町全体にはのどかな雰囲気が漂っています。

 宇奈根は3丁目までありますが、交通信号機が設けられているのは、町の東西を貫く水道道路の宇奈根地区会館前だけ。それも21世紀になって初めて設置されたといいます。そんなところも「秘境」といわれるゆえんかもしれません。

魅力的な多摩川と巨大ジャンクション工事

 見どころといえば、やはり多摩川ということになるでしょう。広々とした河川敷を見下ろしながら、気持ちのいい風に吹かれて散歩やサイクリングを楽しむことができます(ただし日陰がないので熱中症には注意!)。

 対岸は神奈川県川崎市高津区ですが、そこの町名も世田谷区と同じ宇奈根です。かつてはひとつの地域でしたが、多摩川の流路の変遷によって分断されたため、両岸に同じ町名が残っているわけです。

 2020年に続いて2021年も新型コロナウイルスの影響で開催が見送られてしまいましたが、通常なら世田谷区と川崎市の花火大会の絶好の観覧スポットとなるのも、このあたりです。

 町の北部を流れる野川の沿岸も自転車歩行者専用道路が整備されており、散歩にはもってこいの場所です。高い建物が少ないため空が広く感じられ、開放感を味わえます。

野川沿いの風景。右側が宇奈根、左側が鎌田(画像:野村宏平)

 ただ、喜多見、大蔵と接する宇奈根北端の野川沿いでは、東名高速と東京外かく環状道路が交わる巨大ジャンクションの工事がおこなわれており、近い将来、周辺の景観は大きく変わりそうです。

玉電が走っていた鎌田

玉電が走っていた鎌田

 いまでこそ鉄道空白地帯の宇奈根ですが、昔からそうだったわけではありません。厳密には隣町の鎌田までですが、宇奈根のすぐ目の前まで、鉄道が通っていた時期があります。

 1924(大正13)年、玉川電気鉄道(通称「玉電」。のちに東京横浜電鉄 = 現・東京急行電鉄に合併)玉川線の支線として、玉川(現・二子玉川)~砧(きぬた)(のちに砧本村と改称)間に開業した砧線です。

1947(昭和22)年発行の地図。「東急玉川線」の記載がある(画像:国土地理院)

 線名の由来は当時、このあたりが砧村だったからです。現在の喜多見、成城、砧、大蔵、砧公園、岡本、宇奈根、鎌田の範囲にほぼ該当し、1936(昭和11)年、世田谷区に編入されました。現在も、これらの町に祖師谷、千歳台、船橋を加えたエリアが世田谷区の砧地域とされています。

 砧線は多摩川で採取される砂利を都心に運ぶために敷設された単線の路線ですが、乗客も扱っていました。

 しかし1969年、玉川線の廃止に伴って砧線も廃止されてしまいます。本線だった渋谷~二子玉川園(現・二子玉川)間は1977(昭和52)年、旧線の地下を通る形で新玉川線(現・田園都市線)に生まれ変わりましたが、砧線が復活することはありませんでした。

レトロなデザインの水道施設も

 線路は主に道路に転用されましたが、跡地を示す案内板やレリーフ、モニュメントが随所に設けられているので、廃線跡をたどることは難しくありません。

 終点の砧本村駅跡は駒沢大学玉川キャンパスの前にあり、ホーム跡は公園に、駅前広場はバスの折り返し場になっています。バス乗り場にある青い屋根の待合所は、砧線の駅のホームから移設したものです。

 すぐ真横には、東京都水道局砧下浄水所(世田谷区鎌田)がありますが、ここも興味深い場所です。

砧下浄水所正門。大正時代に建設された第一送水ポンプ所の塔屋が奥に見える。(画像:野村宏平)

 1923(大正12)年、渋谷町(現・渋谷区)への給水を目的として開設された水道施設で、大正末期から昭和初期に建てられた歴史的建築物がいまでも数棟残っているのです。敷地内に入ることは禁止されていますが、フェンスの外からレトロなデザインが施された古い建物を垣間見ることができます。

 浄水所裏手の多摩川の堤防には、赤いとんがり帽子をかぶった小さな塔のような古い建造物がたたずんでいますが、これも浄水所の設備で、取水管の空気抜きだということです。

崖の町・岡本は歴史的建築物の宝庫

崖の町・岡本は歴史的建築物の宝庫

 砧下浄水所正門から北東に向かってまっすぐ伸びているのが、送水管の上に造られた「水道みち」と呼ばれる道路です(宇奈根の水道道路とは別)。野川と多摩堤通りを越えて進んでいくと、やがて道路は歩行者専用の遊歩道になり、住所も岡本に変わります。

 岡本には、武蔵野段丘の縁端(えんばな)に沿って立川市から大田区まで続く長い崖──国分寺崖線があります。「谷戸」と呼ばれる複雑に入り組んだ谷あいには中小の河川が流れており、地形的にも興趣に富んだ地域です。

岡本公園民家園にある旧横尾家住宅椀木門(画像:野村宏平)

「水道みち」がこの崖線に突き当たる場所には、緑に包まれた区立岡本公園(世田谷区岡本2)があります。かやぶき屋根の旧長崎家住宅主屋と旧浦野家土蔵、旧横尾家住宅椀木(うでぎ)門を移築復元した民家園が併設されており、江戸時代後期の農家の様子を無料で見学することができます。

かつて岩崎家の庭園だった森も

 ここから東は岡本静嘉堂(せいかどう)緑地と呼ばれる大きな森で、もともとは三菱財閥の創業者・岩崎家の庭園だった土地です。

 丸子川(六郷用水)沿いの南側の低地にある「バッタの原」や「生物の森」は現在は世田谷区が管理していますが、戦後40年以上、人の出入りがなかったため貴重な自然が残っているといいます。うっそうと樹木が生い茂り、こここそ「世田谷の秘境」と呼ぶにふさわしい場所でしょう。

岡本静嘉堂緑地の南側にある「生物の森」と呼ばれるエリア(画像:野村宏平)

 緑地の東端を左に曲がり大蔵通りに入ると、「静嘉堂」と書かれた大きな門が現れます。この門をくぐり、木製の欄干がかわいらしい紅葉橋を渡って右に曲がると、ゆるやかな坂道が伸びています。

ジョサイア・コンドル設計の白亜の建築物

 木漏れ日を浴びながら登っていくと、間もなく前方に茶色い洋館が見えてきます。三菱財閥2代目総帥だった岩崎彌之助とその息子で4代目総帥の小彌太が収集した膨大な数の古典籍と古美術品を収蔵するため、1924年に建てられた静嘉堂文庫(岡本2)です。

 その横には1992(平成4)年にオープンした静嘉堂文庫美術館がありますが、展示は2021年6月で終了し、2022年からは丸の内の明治生命館に機能を移転するとのことです。

 静嘉堂文庫の前、噴水を挟んでそびえる木立の裏手には、青緑色のドームが目を引く白亜の建築物があります。1910(明治43)年に建てられた岩崎家玉川廟(納骨堂)で、東京都の歴史的建造物に選定されています。

ジョサイア・コンドルが設計した岩崎家玉川廟(画像:野村宏平)

 設計者は、鹿鳴館(ろくめいかん)やニコライ堂、台東区池之端の旧岩崎邸庭園の洋館なども手がけたジョサイア・コンドル。明治時代に来日し、近代日本における西洋建築の基礎を築いたイギリス人建築家です。

 玉川廟は「生物の森」の崖上に位置しており、周辺では森林浴を満喫できます。木々に抱かれた東側の階段を下ると「生物の森」に通じる木戸がありますが、自然環境を保全するため入場は制限されています。

江戸時代中期に建てられた武家屋敷門も

 静嘉堂の正門の向かい側にも、瀬田4丁目旧小坂緑地(世田谷区瀬田)という庭園があり、ここも気持ちのいい散策スポットです。

小坂家の庭園だった瀬田4丁目旧小坂緑地(画像:野村宏平)

 大蔵通り沿いにある裏門から入って湧き水のある竹林を抜け、崖の坂道を登っていくと、1938年に完成した旧小坂家住宅の前に出ます。戦前、信濃毎日新聞の社長や政治家を務めた小坂順造の旧宅(もとは別邸)で、無料で内部を見学することができます。

 さらに、正門の向かいにあるマンション・多摩川テラスでは、江戸時代中期に建てられたとされる岡山藩家老・伊木家の武家屋敷門が管理事務所として使われています。この一帯はまさに歴史的建造物の宝庫でもあるのです。

数々の映画やドラマの聖地でもある岡本

数々の映画やドラマの聖地でもある岡本

 都心からも近く、自然が豊かで風光明媚(めいび)だった国分寺崖線上の高台には、明治末期から政財界人が別邸を建てるようになり、岡本は高級住宅街へと発展しました。東宝の撮影所など映画関連の施設が周辺に点在していたこともあって監督や俳優も好んで居を構え、現在も有名芸能人の邸宅を何軒か見ることができます。

 映画やドラマの撮影がおこなわれることも多く、岡本はさまざまな作品の舞台となっています。

 例えば多摩川テラスの武家屋敷門からほど近い1丁目の聖ドミニコ学園の横にある坂は、1979(昭和54)年、名探偵・金田一耕助最後の事件として市川崑が監督した映画『病院坂の首縊りの家』のロケ地として知られています。

 2丁目にある松本記念音楽迎賓館は電機メーカーのパイオニアの創業者・松本望の居宅として建てられ、現在は音楽教育施設として使われていますが、

・『謎解きはディナーのあとで』
・『リーガル・ハイ』
・『相棒 season12』『海月姫』
・『ルパンの娘』
・『レンアイ漫画家』

などのドラマで、大富豪の邸宅として登場します。

 とりわけ有名なロケ地が、「岡本3丁目の坂」あるいは「岡本の富士見坂」と呼ばれる急坂です。

下から見ると壁のような岡本3丁目の坂。車は下りのみの一方通行(画像:野村宏平)

 映画では

・『日本一のゴマすり男』(1965年)
・『社長繁盛記』(1968年)
・『ホワイト・ラブ』(1979年)

など、ドラマでは古くは

・『泣いてたまるか』
・『コメットさん(九重佑三子版)』
・『ウルトラマンA』
・『ウルトラマンレオ』
・『俺たちの旅』
・『刑事犬カール』

2000年以降では

・『貧乏男子』
・『コード・ブルー2』
・『ハングリー!』
・『幽(かす)かな彼女』
・『アンナチュラル』

などの舞台になっています。

 実際に訪れたことはなくても、この坂に見覚えのある人は多いのではないでしょうか。

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