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大田区vs江東区 東京都内の「領土争い」、埋め立て地帰属問題を歴史を振り返る

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9月20日の東京地裁判決で変化した割合

 東京湾には数多くの広大な埋立地が造成されています。お台場の南方に浮かぶ「中央防波堤埋立地(中防)」も、そのひとつです。中防は暫定的に「江東区青海地先」という住所が付されています。江東区とつきますが、実際には江東区ではありません。

 中防は東京都の大田区・江東区で帰属が争われて、その境界は確定していないためです。中防は東京都であることは疑う余地はありませんが、どこの区に属するのかは決まっていません。

地裁判決で示された中央防波堤埋立地の帰属(画像:ULM編集部)

 帰属が確定しないと、通常は固定資産税(土地や家屋などに対して課される市町村の税金)などの徴税が曖昧になるといった行政的な支障が出ます。しかし、東京23区は固定資産税の課税庁が市町村ではなく東京都になるため、中防の帰属は大きな問題になっていませんでした。

 しかし、帰属が決まらなければ区が本格的に街を整備できません。近年、湾岸エリアは急速に発展し、国際都市・東京の新たなけん引役として注目されています。

 東京五輪を目の前にした2017年、大田区と江東区は東京都紛争処理委員に調停を申し立て、中防の帰属問題に決着がつけられることになりました。

 同年、東京都に設置された自治紛争処理委員は約500ヘクタールの中防のうち、大田区13.8%、江東区86.2%で分割する調停案を提示しました。これで一件落着になるかと思われましたが、両区ともに調停案を不服とし、訴訟へと発展しています。

 司法の判断に委ねられた東京の「領土争い」の判決が、2019年9月20日(金)に出されました。東京地裁の判決では、大田区が20.7%、江東区が79.3%の割合で中防を分割することが言い渡されました。

 東京都紛争処理委員の調停案と比較すると、東京地裁の判決は大田区の帰属分がわずかに増えています。それでも、依然として江東区が圧倒的であることは変わりません。

 大田区と江東区が中防の帰属を争うようになった背景には深い歴史的な経緯があります。

昭和30年代から一気にスピードアップした埋め立て開発

昭和30年代から一気にスピードアップした埋め立て開発

 昭和30年代まで、大田区は海苔養殖が東京湾で盛んにおこなわれていました。現在でも、大田区大森界隈には海苔問屋が多く営業しています。それほど、大田区では海苔が地場産業として隆盛を誇っていたのです。

1967(昭和42)年10月に発行された東京南部の地図。埋め立て地はまだない(画像:時系列地形図閲覧ソフト「今昔マップ3」〔(C)谷 謙二〕)

 しかし、羽田空港の拡張や東京湾の埋め立て造成によって、大田区の漁業関係者たちは漁業権を放棄せざるを得ない状況に追い込まれます。羽田空港は東京都のみならず日本全体の経済活性化に寄与する空港になっています。羽田空港が世界に名だたる空港へと成長できたのも大田区の「犠牲」があったからなのです。

 江東区が中防の帰属を主張する理由も、過去の歴史に依拠しています。東京湾の埋立史は江戸時代以前より始まっていますが、本格的な開発が始まるのは明治40年代に入ってからです。

 そして、埋め立て開発は昭和30年代から一気にスピードアップ。高度経済成長期、東京23区は急激な人口増になり、過密化が大きな都政課題になっていました。特に、行政を悩ませたのがゴミの処理です。

 東京23区は各区がそれぞれにゴミ焼却施設を持っておらず、また焼却されたゴミの処分場もありませんでした。特に住宅地として人口が増加していた杉並区は、ゴミ処理問題が行き詰っていたのです。苦悩の末、杉並区は処分しきれないゴミを東京湾に持ち込みました。

ゴミを押しつけられた江東区

 杉並区がゴミを持ち込んだのは、江東区の土地です。杉並区のゴミを江東区で処分するという話は、たちまち江東区民の怒りを買います。江東区民が道路を塞ぎ、杉並区の清掃車を通らせないようにするという抗議活動も日常的に頻発しました。こうして江東区と杉並区は険悪な関係になっていきます。

 大量にゴミを持ち込まれた江東区では、ハエの大群が発生。行政が殺虫剤を散布しても問題は収拾せず、警察や自衛隊が出動するまでの大問題に発展したのです。昭和30年代の江東区と現在の江東区とを地図で見比べてみると、その区域は大変貌を遂げています。埋め立ては、江東区の形を変えてしまいました。ゴミを押しつけられた江東区にとって、埋め立て地造成された中防は譲れない大地なのです。

2005年12月時点での中央防波堤埋立地。あちこちに廃棄物が野積みされていた(画像:小川裕夫)

 こうした大田区・江東区の主張がぶつかり合い、中防はいつまで経っても帰属が決まりませんでした。そのために、区によるインフラ整備などはいっさい進められない状況が続いています。

 中防には、東京都の環境局中防合同庁舎(江東区青海)や海の森公園(同)が整備されているだけ。すぐ目の前にある台場のにぎわいと比較すると、驚くほど何もありません。周囲は殺風景な大地が広がるだけです。

東京ゲートブリッジ竣工でアクセス改善

東京ゲートブリッジ竣工でアクセス改善

 東京都は2005(平成17)年、中防にある一画を公園として整備することを決定。2007年から東京都港湾局や国土緑化推進機構、国際日本森林文化協会といった団体によって定期的に植樹が進められています。

 そして、公園地の一部は海の森公園としてオープン。東京都は今後も歳月をかけて整備する計画を示しています。また、2020年の東京五輪で同地はボートやカヌー競技場として使用されます。

2016年に実施された国土緑化推進機構・国際日本森林文化協会による海の森の植樹イベントでは、たくさんの参加者が汗をかいた(画像:小川裕夫)

 中防にアクセスするためには、大田区の臨海トンネルもしくは江東区の第二航路トンネルを使うしかありません。公共交通機関を使用する場合は、東京テレポート駅から発着する都営バス「波01」(現在は、品川駅港南口まで運行する「波01出入」も発着)に乗るしか術がありませんでした。

 2012年、中防と江東区若洲を結ぶ東京ゲートブリッジが竣工。これにより、中防へのアクセスは改善されつつあります。それでも中防が周囲から隔絶された東京である実態は変わりません。中防の帰属を争う大田区・江東区が、今回の判決を受け入れるかどうかはわかりません。双方ともに判決内容には不満が残っているからです。

残る新海面処分場の帰属問題

 中防をめぐる帰属問題では、「どれだけ取るか?」ばかりに注目が集まりますが、「どう取るのか?」といった線引き問題も大きな焦点といえます。というのも、中防の南側には約480haという新しい埋め立て地「新海面処分場」が造成されているからです。

「新海面処分場」の該当部分(画像:東京都港湾局)

 今回争っているのは、あくまでも中防の帰属です。新海面処分場の帰属は判決に含まれていません。東京地裁が示した判決を見ると、大田区に帰属する中防の区画は新海面処分場と接していません。これでは、後に起こる可能性が高い新海面処分場の帰属問題で大田区は自分たちの主張を通すことが難しくなります。

 東京湾の埋め立て地帰属問題は、もう一波乱起こりそうな気配です。

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