海上自衛隊では運用する艦を「護衛艦」と呼称しています。全く大きさも形が全く違っていたとしても、全て護衛艦です。このような呼称になった理由とはどんなものなのでしょうか。
なんでもかんでも「護衛艦」なぜなの?
海上自衛隊では運用する艦を「護衛艦」と呼称しています。全く大きさも形も全く違っていたとしても、全て護衛艦です。海上自衛隊ではなぜこのような、ある意味では“大雑把”な呼称を用いるのでしょうか。
「かが」は飛行甲板を持っているが護衛艦(画像:海上自衛隊)
護衛艦という呼称の謎さを表す例として、最近話題になった艦で比較をしてみます。まず、2024年11月に大型改修を終え、実質的に空母としての能力を得て、F-35Bの艦上運用試験を行った「かが」。200mを超える全長に全通甲板を備えた堂々とした姿に、感嘆の声を上げた人も多いのではないでしょうか。
いっぽう、最近数多く進水式が行われているのが「もがみ」型です。こちらは、全長は「かが」のほぼ半分で、ステルス性能を意識したスマートな船体とシンプルなマストが特徴的です。この「かが」と「もがみ」、大きさも役割も全く違うにも関わらず、どちらも海上自衛隊では「護衛艦」と呼ばれる艦艇です。
海上自衛隊の護衛艦の謎を追う前に、まずは海上自衛隊にはどのような艦艇が存在しているのか、確認してみましょう。海上自衛隊の艦艇は「警備艦」「補助艦」「支援船」の大きく三つに分けられます。
警備艦は文字通り警備にあたる艦艇、補助艦はその補助を行う艦艇、支援船は港湾で警備艦、補助艦などの支援を行う船と考えるとわかりやすいでしょう。この中で警備艦と補助艦は自衛艦と呼ばれ、外国の海軍でいうところの「軍艦」にあたります。
そのうち警備艦は、さらに細かく「機動艦艇」「機雷艦艇」「哨戒艦艇」「輸送艦艇」に分けることができ、その「機動艦艇」に含まれるのが護衛艦と潜水艦です。
海上自衛隊によれば機動艦艇は「おもに戦闘を行い、海外での活動も想定される艦艇」とされています。つまりは、戦闘が行えて、海外でも活動できる水上艦は、海上自衛隊ではすべて大枠で“護衛艦”と呼ばれているのです。
こうした呼称になった経緯はあるのでしょうか。それは、海上自衛隊の誕生までさかのぼります。
印象が悪い旧軍的な呼称は極力避ける方針に…
海上自衛隊が誕生したのは1954年です。先の大戦の影響は色濃く、まだまだ厭戦(えんせん。戦争をきらうこと)ムードが漂う時代でした。戦後直後から価値観は180度かわり、特に旧陸海軍に対する批判はマスコミ、庶民含め強烈なものでした。そうした時代に誕生した自衛隊は「旧軍が行った反省」ということで、「他国を侵略する軍隊ではなく、国を守る防衛力である」と強く主張する必要がありました。
もがみ型護衛艦(画像:海上自衛隊)
そのため、戦争を想像させるような名称は一切排除されることになりました。戦前から艦艇の呼称として広く浸透していた「戦艦」「空母」「巡洋艦」「駆逐艦」といった名称は使用せず、代わりにすべての戦闘艦を「国を護る、警備するための船」として「護衛艦」小型なものは「警備艇」と呼んだのです。そのため、たとえ飛行甲板がついていたとしても“ヘリコプター搭載”護衛艦です。
こういった戦争を想像するような単語の排除は陸上自衛隊の普通科(兵隊)や航空自衛隊の支援戦闘機(攻撃機)の名称などにも残されています。
しかし、それでは困った事態が起こったりもします。たとえば、他国との共同訓練の際、「海上自衛隊は護衛艦を派遣します」とお伝えしても、相手にはいったいどのような艦艇がやってくるのか、さっぱり見当がつきません。
「かが」のような大型護衛艦が来るものと思って訓練内容を考えていたら、「もがみ」のような小さな護衛艦が来たのでは、まったく訓練内容が変わってしまうでしょう。そういった事態を防ぐために、海上自衛隊では細かい分類をするため、「その護衛艦がどのような任務を行う艦か」が一目でわかる小分類をアルファベットでつけています。
まず、さまざまな任務に対応できる汎用護衛艦は「DD」と呼ばれています。この「D」は外国の軍艦でいうところの「デストロイヤー」、つまりは駆逐艦を意味しています。
この「DD」を基本として、さらにヘリコプターを運用することのできる「かが」や「いずも」などはヘリコプターの頭文字をとって「DDH」。イージスシステムを搭載した「まや」や「あたご」は「Guided missile(誘導ミサイル)」の頭文字から「DDG」と呼ばれています。そのほかすべて退役してしまったものの、過去には対空能力に特化した護衛艦「DDA」や対潜装備を充実させた「DDK」といった護衛艦も存在しました。
そのほか、「DE(Destroyer Escort)」の名を持ち沿岸海域の防備を担う「あぶくま」型などの護衛艦もいますが、この「DE」の名を持つ護衛艦も2027年度までに全艦退役することが決定しています。
最近、新しく生まれた艦艇の小分類もあります。
2022年に就役した「もがみ」型護衛艦はコンパクトな船体に多くの機能を搭載した護衛艦で、沿岸警備から海外任務までこなせる多機能さがウリです。その小ささから当初は「DE」の後継としてその名を継ぐもの思われましたが、海上自衛隊から発表されたアルファベットは意表を突いた「FFM」でした。「FF」とはフリゲートを意味し、「M」は機雷の「Mine」や多機能性を意味する「Multi-purpose」を表しているといいます。
実は艦隊の呼称から“護衛”が消滅!?
というわけで、実は海上自衛隊では「DD」「DDH」「DDG」「DE」「FFM」という5種類の護衛艦が活躍しています。海外の海軍から見ると、多数の近代的な駆逐艦とフリゲートを運用し、さらにヘリ空母2隻と軽空母2隻を有する世界有数の海軍に映りますが、国内での呼称は今のところ全て「護衛艦」です。
並んだ3艦は全て護衛艦扱い(画像:海上自衛隊)
ただ、海上自衛隊での「艦隊」の呼び方に関しては最近、大きな変化が起きました。これまでは、さまざまな任務を帯びた護衛艦を束ねて「護衛艦隊」と呼んでいましたが、この護衛艦隊は2025年の3月の大規模な改編により、廃止されることが決定しました。
今後は、「護衛艦隊」は「水上艦隊」という言葉に置き換えられ新設されます。一時は「護衛艦という言葉もなくなるのではないか」、との噂もありましたがこの件は海上幕僚長に「護衛艦という船自体の名称は残る」と否定されました。同改編は、「海自創設以来の大改編」ともいわれる大規模なもので、国際情勢の変化なども鑑み今後も細かい点が変化する可能性があるかもしれません。