まいにちニュース ニュースを読んでいいねして、毎日たのしくポイントゲット!

まいにちニュース > 「普通の女子大生」に戻っても――語りたくない過去、折れそうな心のバランス

「普通の女子大生」に戻っても――語りたくない過去、折れそうな心のバランス

P R
P R
「普通の女子大生」に戻っても――語りたくない過去、折れそうな心のバランス

「普通の女子大生」に戻っても――語りたくない過去、折れそうな心のバランス

小野一光「限界風俗嬢」

「メンタルの薬」を飲んでいるアヤメ

 そこでさりげなく口にする。

「病院は行ってるの?」
「行ってますねえ」
「どれくらいの割合で?」
「一、二週間に一回ですね。いまは薬を変えたり調節してる時期なので」
「そっちのメンタル面に関していえば、やっぱり原因としては中学、高校時代のことがいちばん大きいのかな?」
「たぶん、そうだとは思いますねぇ」
「解消はできないよね」
「ちょっと治んないですね、なかなか……。まあ、いままで鬱病だと思われてたんですけど、もう一回再診っていうか、チェックし直してみたら、自分がこれは幻聴の部類に入るのかなと思ってたものが、一応病気的にはしっかり幻聴に入るらしくて、鬱病じゃなくて統合失調症だっていうことみたいで……」

 アヤメがここまで話したところで、注文していた板わさなどの食べ物が運ばれてきて中断する。彼女は毎回そうだが「ありがとうございます」と店員に礼を言う。そして店員が去ると続きを話し始めた。

「お医者さんからは感情障害だと言われて、あと、一回オーバードーズの経験があると、睡眠薬を出してくれなくって……。そういうわけで、睡眠薬は出してくれないし、お薬も弱いのじゃないとダメみたいで、だから弱いのをどう組み合わせるかというのをいまやっているところなんです」
「幻聴ではどういう声が聞こえるの?」
「だいたい責められてる声ですね。なんか、『死ねばいい』とか明確に聞こえたり、雑踏のなかで誰かになにかを言われてたりとか。で、幻覚としては、ずっと自分の右斜め後ろに人がいるような感じがして、それが殺気を持った人がいるような感じなんです。目の端に映ってるような感覚」

 彼女のなかに先天的な因子があるかどうかは判然としないが、過去に負った心の傷がなんらかの影響を与えていることは明らかだろう。私はひとまず現在のことから離れ、未来についての話題に方向を転換した。

「大学院の先はどうするつもり?」
「いちばんに目指しているのは大学教授ですね。ただもう一つ、文芸の同人誌を専門に請け負う出版社を作りたいとも思ってるんです。そういう需要はあると思うから。まあ、調べてはいますけど、すごい皮算用ですし、学生の考えることなんであれなんですけどね。けっこう難しいとは思うんですけど、やってみたいなって……。だから理想としては、大学教授をやりながら、ある種の副業としてその会社をやれればいいなって……」

 会社といえば、彼女の親友であるリカは学生ながらに起業している。そのことがふと気になった。

「あの、リカちゃんがやっている会社って、最近どうなったか聞いてる?」
「一応やってはいるみたいですけど、本格的には動いてないみたいですね。でも、将来的にリカがその会社をやりながら、彼女の彼氏さんも自分で映像系の会社を立ち上げたいみたいで……。じつはリカ、その彼氏さんと結婚する前提で、いま同居してるんです。彼氏さんは学生なんですけど、就職先が決まったらしくて、結婚する予定があることは、その会社にも伝えているみたいです」

 彼女が話すリカの彼氏というのは、どうやら以前のインタビューで聞いていた二十八歳のホストではないようだ。それはまた直接本人に話を聞く必要があるかも、などと考えていると、目の前のアヤメが言う。

「まあ、私もさっき話した出版系の会社を立ち上げるときには、彼女のところに映像系とかホームページ作成とかは仕事として依頼するよって言ってるんですね。そのために私も学校での勉強が落ち着いたら、知的財産管理技能士の資格を取ろうと思ってますし」

 ちゃんと前を向いている発言を聞いたことで、質問しにくいことを切り出す。

「あのさあ、いまだから話せることを聞きたいんだけど、過去に性的な被害に遭ったのに、大学生になって選んだ仕事が風俗だったのはどうしてなんだろう?」
「うーん、ある意味、自傷だったのかなあって。自傷行為の一部だったと」
「そういう自傷をやってみて、いまはそのときの経験についてどう捉えてる?」
「まあ、辛かったところもありますし、もちろん。ただ、後悔はしてないです。やって良かったかって聞かれると、まだなんとも答えは出ないですけど、やったことによって、人の深いところまで知れたなっていう……。お店ではプレイ以外でお話しする時間もあったりするんで、いろんな人のいろんな面を見れたことは良かったかなって……」
「自傷の反面、癒しになることもあったりした?」
「あったと思います。それこそ人の話を聞くっていうことが、私のなかである意味得意なことでもあり、苦手なことでもあり、自分を顧みるきっかけにもなってたと思うんです。あと、仕事中の私って、私であって私でないので、自分じゃない自分でいる時間の間に、自分の悩みを隠すという、そういう時間でもあったのかなって」

 内面に向けて、木を森に隠すということだろうか。ただし、木は木でも、傷付いた木だ。

「つまり、その時間においては、悩みから解放されてたわけだ」
「そうですね。悩みを人に言わなくても、そこから一時的に離れられるっていうか。私のなかでは、本当は聞いてほしいが強いんだと思います。ただどうも、なにかと相談される側に回っちゃうんで……」

 そう言うと、「ははは」と小さく笑った。

語りたくない過去を抱えて

「たとえば今後、大学教授になってからでもいいんだけど、自分の経験や体験を人に話そうとかって思う?」
「うーん、近しい人には話すかもしれません。それこそ大学教授になったとして、ゼミ生にだったらまあ、言えるかもしれません。あとたとえば、自分が親になったときに、自分に娘ができたとしたら、言うかもしれません」
「あくまでも限定した相手だ」
「パブリックに話すなら、話したいって気持ちもありますけど、まだまだそういった、私のやってきたお仕事っていうのは、あんまり好印象に受け取られないと思うので。だから、それを大きな声で言うのは、いまの社会においては違うかなって。そういったお仕事に偏見がなくなったら、言えると思うんですけど」

 そこでアヤメが“経験”について、風俗での仕事に限定して答えていることに気付き、軌道を修正する。

「いや、お仕事の話だけじゃなくて、過去のことについても……」
「あ、過去の。うーん、どうでしょうね。過去の方がより言えないかもしれない。言う人は限定されると思いますね。いまみたいに」
「言えないというのは、さっき話してたみたいな、社会的な状況を鑑みて? それとも個人的に?」
「それは完全に個人的な感情ですね。社会的にいえば、ある意味被害者だから、声に出した方がいいって言われると思うんですけど、ただ、それで自分が救われるかっていったら、蓋をしておきたい気持ちの方が強いです。もちろんそういうことがこれから先、世の中にあってほしくないし、そんなことが現実にあるんだよっていう意味では、言った方がいいかもしれないという葛藤はあるんですけど、自分自身は……あれかなあ、戦争体験者の方のなかで、自分で語りたい方と、語りたくない方がいるような感じなのかなあ。一緒にするのはよくないのかもしれませんけど、それに近いもののような気がしますね」

 彼女が言うことはもっともなことだ。そしてその蓋を開けようとしている私は罪深い存在である。だがそれでも私は聞いてしまう。

「もし、あのときの先輩に偶然会ったらどうする?」
「もう、どうなるんだろう。ただ、ある意味、私の原動力のなかに、あの人たちを見返してやろうというのがあるんで。まあ、そのときにどこまで自分が夢を実現してるのか、やりたいことに到達してるかはわからないですけど、到達してたら、私こんなにすごいことができるようになったんだけどって……。まあ、いまのままの私だったら、たぶん隠れちゃいます。だからもっと自信をつけてから……」

 あれほどの苛烈な体験で傷だらけになりながらも、それを原動力とする。もちろん、薄氷のような脆もろさはあるのだろうが、少なくともそれを口にできる限りは、芯の部分には強い生命力が宿っていると感じた。だから、さらに踏み込んだ話をする。

“戦友”であるリカの存在

「ところで、自分の性欲とはどう折り合いをつけてる?」
「性欲ですか。うーん、たぶん私、性欲強い方だと思うんですよ」
「でもいま、彼氏と別れちゃったよねえ」
「だから自分でしちゃってます。でも、できることなら誰か探したいなって思いますね。うふふふ。探したいんですけど、どうもうまい具合に見つけられないんで。それに、前の彼氏と付き合うときに、セフレは全部切ったんで。あの、笑っちゃう話があって、前にリカと飲んでたときに、『あのさあ、お前はさあ、愛人タイプなんだよ』って。あはは。リカに言われましたね。『もうお前は誰かの愛人になった方がいいよ』って」
「そんなことを言うリカちゃんはどうなのかねえ?」
「あの子もまわりからは強く見られますけど、実際は弱いといえば弱いから。繊細な子なんです。そういえばリカ、こないだ実のお父さんと、彼氏さんと一緒にご飯食べに行ったらしいですよ。実のお父さんとは定期的に会ってるみたい」

 アヤメはリカの話をするとき、実に嬉しそうな顔をする。全幅の信頼を置いた、それこそ“戦友”のことを語る表情を見せる。

「たぶん本人に会ったときに向こうが言うと思うんですけど、あの子が新宿で住むようになったのも、置き手紙一枚残して実家から飛び出してきたからなんですよ。母親から逃げるために。よく二人で話したときに、リカは『自分の夢よりも、自分の目の前の生活を脅かされる危険度が高かったから、そこから逃げるのを優先してしまった』って言うんです。それで、私が夢のために大学院を選んで、親から逃げないことっていうのは、『ある意味強さだから大丈夫だよ』って言ってくれるんですね。『私はそれができなかったけども』って……」

 実家で継父によるリカへの性暴力が明るみに出たとき、実母が彼女を敵対視して攻撃するようになったという話を、前にリカ本人から聞いている。私は、親から逃げないことが強さではなく、ときには逃げることが最良の解決策であり、リカが負い目を感じる必要はまったくないと口にした。

「そうですね。でも私はリカが私を力づけるためにそう言ってくれることをありがたいなって思うし、また頑張ろうって気になるんですよ。だからこそ、彼女にもしなんかあったら、なにを差し置いても駆けつけたいなって思ってるんです」

 胸の奥が熱くなる。ふと、私とアヤメを挟むテーブルの上の食べ物が、ほとんどなくなっていることに気付いた私は切り出した。

「カラアゲいけるかい?」
「いけます!」
 
 アヤメは笑顔で即答した。

アヤメの親友であるリカも、新たな一歩を踏み出しているようで――次回は2/21(金)更新予定です。
「SMクラブで働く女子大生アヤメ」連載第1回はこちら。「歌舞伎町で働く理系女子大生リカ」連載第1回はこちら。

P R
P R

ポイントを獲得するには、ログインもしくは会員登録(無料)が必要です。

まいにちニュースの使い方

1.興味のある記事を選ぶ。2.記事を読む。3.いまの気分を表そう。4.ポイントゲット

まいにちニュースのルール

  • ニュース記事を読み、「いいね」「ひどいね」「かなしい」「うれしい」のうち、いずれかのボタンを押すと1ポイントが加算されます。
  • ポイントが加算されるのは、2記事目4記事目5記事目の記事となります。
  • ポイント加算は、PC版とスマホ版それぞれで1日最大3回、あわせて6回までとなります。
  • ポイントはニュース記事ページ下部にあるボタンを押した時点で加算されます。
  • 一記事でポイント加算されるのは1回1ポイントのみです。
  • 各記事ページにある「関連する記事」はポイント加算対象外です。
  • ニュース記事の更新は随時行われます。
  • ポイント獲得回数の更新は毎日午前3時に行われます。

犬がいるよ

まいにち少年