最近は親だけでなく、ひきこもり当事者の兄弟や姉妹からの相談依頼も増えつつあります。「親に任せていても将来の見通しを立てようとしない。何も先に進まない」といったケースが多く、兄弟姉妹が動かざるを得ない状況になっているのがその一因のようです。
不安と焦りを抱える姉
ある日、50代のひきこもりの弟を持つ姉から相談依頼がありました。「弟は高齢の母と2人暮らしです。しかし、母には危機感がまったくないようで、将来のお金について何の見通しも立てていません。母が亡くなった後のことを考えると、とても不安です」
相談依頼は姉からでしたが、ひきこもりのお子さんのお金について話し合う場合、可能な限り、親にも同席してもらう必要があります。なぜなら「親の財産を活用し、お子さんのお金の見通しを立てていく」ということが基本的な考え方になるからです。姉にもそのように伝えたところ、当日は母親にも同席してもらうことになりました。
当日の面談では、母親と長女の2人からお話を伺うことになりました。ひきこもりの長男は同席しませんでしたが、本人もお金の心配があるようで「話した内容を後で教えてほしい」と母親に伝えていたそうです。まずは、家族構成から確認することにしました。
・母親(84) 年金受給者
・長男(54) 無職
※母親と長男の2人暮らし
・長女(56) 既婚、母親家族とは別居
長男は仕事をするも長続きせず、職場を転々としていました。10年ほど前に父親が亡くなった後は仕事に就くことなく、1日のほとんどを家で過ごすようになってしまいました。
現在の生活は、母親の年金とわずかな貯蓄だけが頼りです。母親の年金は遺族年金と老齢年金を合わせて月15万円ほどで、年金収入で足りないときは貯蓄を取り崩すこともあるそうです。母親の財産を伺ったところ、現金が約500万円と戸建ての自宅だけでした。
「今のところ、私(母親)の年金で何とか生活できています。先の話はよく分からないので、あまり考えていません」
そう語る母親に、長女はいら立ちを隠せませんでした。
「お母さん、何言っているの? そんなことじゃ駄目じゃないの!」
そう言われた母親はびっくりして黙り込んでしまいました。長女も言い過ぎたと思ったのか、それ以上何も言わなくなってしまいました。気まずい沈黙があたりを包んでいます。しばらく待った後、筆者は言いました。
「不安から感情的になってしまうのも仕方がないと思います。ですが、将来の見通しを立てるためには、もう少しお話を伺う必要があります。お話を再開してもよろしいですか?」
親子2人はうなずきました。
そこで、次に長男の年金についてお話を伺い、金額を試算してみることにしました。長男は仕事をしていたときには厚生年金保険に加入していたようなのですが、どの仕事も長続きしませんでした。無職のときは親が国民年金の保険料を支払っており、今後も支払い続ける予定とのことでした。以上のことから、長男の年金は月額でおよそ7万円になることが分かりました。
がくぜんとした様子で長女はつぶやきました。
「月7万円…これでは足りませんよね? もう少し増やす方法はありませんか?」
「現在の家計の状況を踏まえると、そんなに多くのお金を充てることはできないでしょう。もし年金に関して何かするのであれば、付加年金に加入する方法があります。ご長男は現在54歳なので、加入できるのは60歳までの約6年間。そうすると月額1200円増やせることになります」
「月1200円…焼け石に水ですね。私には家庭があります。母亡き後、弟と同居することはできません。かといって、お金の援助をすることも難しいです。一体どうすればよいのでしょうか…」
そうつぶやく長女の顔には暗い影がさしていました。
持ち家の売却も検討する
現在の家計の状況では、仮に生活費を切り詰めたところで大きな改善は望めそうもありません。そこで、筆者は次のような提案をしました。
「お母さま亡き後、ご自宅を売却して住み替えをするということを検討しなければならないかもしれません」
この提案に姉は賛同しました。
「確かに今ある自宅は弟1人で住むのには大きすぎますし、管理もできそうにありません。家を売ってお金に換えれば、生活費の不足分にも充てられそうですよね」
一方、母親はあまり気が乗らない様子でした。
「自宅を売るのですか? それはちょっと…」
「もちろん、必ずご自宅を売却しなければならないというわけではありません。そのような方法も検討できます、ということです。何よりご長男の意思が重要ですから、お金の見通しを数字で伝えてあげて、家族で話し合う必要があります」
「そうですね。まずは長男と話し合ってみます」
さらに姉が質問をしてきました。
「自宅を売却するとして、新しい住まいはどうやって見つければよいのですか? 弟の状況では見つけるのは難しいと思うのですが…」
「確かに弟さんの場合、街中にある不動産屋さんに相談に行ってもなかなか見つからない可能性があります。なので、別のところで相談することになるでしょう」
「それはどこなのですか?」
「具体的には(都道府県から)『居住支援法人』の指定を受けた団体になります。指定を受けた団体では、住宅確保要配慮者(低額所得者、高齢者、障害者など)を対象に、彼らの入居を拒まない賃貸住宅などへの円滑な入居を支援しています。弟さん1人で相談に行くのは難しいでしょうから、お姉さまにも同席をしてもらうことになるでしょう。相談に行けば必ず何とかなるわけではありませんが、普通の不動産屋さんで相談するよりも効率的に探せると思われます」
「そのようなものがあるのですね。知りませんでした」
「お姉さまがご家族の生活を犠牲にしてまで、お金の援助をする必要はありません。その代わりといっては何ですが、お母さま亡き後、弟さんが何とか生活していけるような環境を整えるため、可能な範囲で手を貸してあげることもご検討ください」
「はい、分かりました。おかげさまで先が少し見えるようになりました。今日お話したことは、母と私で弟に伝えようと思います」
そう話す姉の表情は幾分晴れたように感じられました。
親が高齢になってくると、親だけで将来の見通しを立てたり対策を実行したりするのが難しくなってしまうこともあります。もちろん、すべてのケースでうまくいくとは限りませんが、ひきこもりのお子さんの兄弟姉妹にも可能な範囲で手伝ってもらえるよう、家族で話し合いをしてみるとよいでしょう。
社会保険労務士・ファイナンシャルプランナー 浜田裕也