中小私鉄は鉄道車両の更新にあたり、JRや大手私鉄から中古車両を安く購入することがあります。なかでも元東急電鉄の車両が多くの私鉄で導入されていますが、なぜでしょうか。まるごと元東急車両に入れ替えた会社もあります。
新車導入が難しい中小私鉄 より安い中古車両を求め
かつて首都圏を走った東急電鉄の車両を、地方で目にすることがあります。
JRや大手私鉄は鉄道車両を手放すとき、そのすべてを廃車にするのではなく、一部を他社に譲渡(売却)するケースがあります。東急電鉄はこの譲渡を比較的多く行ってきたため、北は青森県の弘南鉄道から、南は熊本県の熊本電鉄(ただし現役引退済み)まで、各地で元東急電鉄の車両が見られます。2019年末には、田園都市線などで使われた8590系電車が富山地方鉄道へ譲渡されました。
鉄橋などに重量制限があっても、軽量な東急の車両なら対応できる。写真は長野県の上田電鉄1000系(2014年3月、児山 計撮影)。
中小私鉄は予算面で、新車の導入が難しい場合があります。その際、老朽化した車両を置き換える手段として、先述のようにJRや大手私鉄から中古車両を購入するのです。たとえば岐阜県揖斐川(いびがわ)町と三重県桑名市を結ぶ養老鉄道は、東急電鉄から7700系電車を15両、6億1000万円で購入しています。1両当たり約4000万円です。また、福島県北部を走る福島交通は東急1000系電車2両を1億5000万円で購入。こちらは1両当たり7500万円です。
ちなみに新車を導入するとどのくらいかかるのか、静岡鉄道はウェブサイトで、A3000形電車(12編成24両)の導入額は39億7200万円と公表しています。1両当たりにすると約1億6000万円です。
車両の価格は、状態や両数など様々な要因で変わるため一概には言えませんが、中古車であれば新車より費用を安く抑えられることがわかります。
しかし、導入側の鉄道会社も、中古車両なら何でもよいというわけではありません。中小私鉄では、急カーブがある、建物が線路脇に近接しているなどの理由で、長さや幅の大きい車両は走れないケースがあります。
東急7000系列や8000系列 大量製造が部品調達を容易に
そのようななか、東急7700系や1000系は1両の長さが18mと、中小私鉄にとって、言ってしまえば「丁度よい」大きさでした。JRや大手私鉄の車両は、多くが長さ20mのもので、18mの車両は少数派。そのため、東急7700系や1000系は、中小私鉄からの引き合いが多いのです。
東急8000系電車を改造した、静岡県の海沿いを走る伊豆急8000系電車。塩害に強いステンレスの車体が評価されている(2013年3月、児山 計撮影)。
加えて東急7700系や1000系、1両の長さが20mの東急8000系電車や東急8500系電車は車体がステンレス製であるため、従来の鋼鉄製に比べ軽量です。軽いぶん、線路への負荷が少なく省電力で走行できることも、中小私鉄が東急電鉄の車両を導入する理由です。ちなみに、伊豆急行のように海沿いに路線を持つ鉄道会社からは、ステンレス車体のため錆に強く、補修や塗装の手間が少なくて済むという点も評価されています。
東急7700系を含む7000系列と8500系を含む8000系列は、合わせて800両以上が製造されました。大量に造られたため、メンテナンスの際は部品調達が容易なところも、大きなメリットでしょう。保有する車両数が大手ほど多くないため、従来の車両をすべて廃車にし元東急電鉄の車両へ統一することで、メンテナンス費用を抑える会社もあるほどです。
このように、適度な大きさや軽い車体、メンテナンスの容易さなどといった理由で、元東急電鉄の車両は各中小私鉄に譲渡され、地方で見られるのです。
譲渡先に合わせて東急テクノシステムが車両を改造 サポートも
東急電鉄から中小私鉄に譲渡された車両は、その後もサポートがなされるといいます。
長野電鉄8500系電車。東急線を走っていたときは10両編成だったが、東急テクノシステムで改造を受け、3両編成になった(2013年9月、児山 計撮影)。
譲渡される車両はおもに、東急電鉄のグループ会社である東急テクノシステムが改造工事を担当します。車内の座席の向きを変えたり、もともとの長い編成を切り離し、中間の車両に運転台を設置したりするなど、譲渡先の鉄道会社の要望に沿って改造します。
譲渡後も東急テクノシステムが譲渡先の鉄道会社に対し、車両整備に関する講習を行うほか、問い合わせにも応じるといいます。特に人材の不足しがちな中小私鉄とっては、このようなサポートは不可欠でしょう。
なお、元東急電鉄の車両は海外の鉄道会社にも譲渡されています。たとえばインドネシアのジャカルタ首都圏鉄道会社(PT KAI Commuter Jabodetabek)には、かつて田園都市線などで使われた8500系が走っています。譲渡の際は、現地の車両メンテナンススタッフへの教育もあわせて行っているそうです。