「開かずの踏切」解消へ向け、鉄道会社や行政、地元住民が長い時間をかけ立体交差化を目指す例は各地で見られます。とりわけ兵庫県西宮市を通る阪神本線では、酒造に欠かせない大切な「宮水」を巡り、丁寧に工事が進められてきました。
西宮駅近辺 なぜ高架化に時間を要したのか
長らく社会問題化している「開かずの踏切」は、場所によってはなかなか解消される兆しを見せません。関係各者――例えば鉄道会社は事故の原因となる踏切を減らしたいと考え、行政は線路によって街が分断されていることを好ましく思っていません。また住民も事故のリスクを減らせること、踏切待ちのストレスがなくなることには好意的でしょう。
阪神電鉄の8000系電車(画像:写真AC)。
とはいえ、鉄道会社や行政にしてみれば工事にかかる費用、住民にしてみれば工事中の騒音や立ち退きの発生など、その過程には代償もともないます。踏切の廃止、とりわけ立体交差化はとても神経を使う事業なのです。
そうしたなか、大阪と神戸を結ぶ大手私鉄の阪神電気鉄道は、大阪梅田~元町間の本線およそ32.1km、そのほとんどの区間で立体交差化を完了しています。これは阪神が長い年月をかけて立体交差化に取り組んできた成果です。
なかでも特に苦労を要したのが西宮駅(兵庫県西宮市)一帯です。神戸市にかけて「灘五郷」と呼ばれる酒造りが盛んな地であり、その原料となる美味しい水をどう守るかが課題になりました。
「宮水」を大切にしながら進められた高架化
西宮の水は業界関係者から評判で、「西宮の水」が略されて「宮水」とも呼ばれます。同地には現在も多くの酒造メーカーが工場や蔵を構え、宮水を大事に守りながら酒造りをしています。もし宮水が汚染されてしまえば、酒造りの伝統が途絶えるだけでなく、主要産業であるために市の経済や雇用にもダメージを与えるでしょう。
西宮駅周辺の立体交差化工事は、兵庫県・西宮市・阪神電鉄の3者によって1980(昭和55)年に着工されました。工事を開始するにあたり、宮水の水量や水質に異常がないかを確認する機関として、酒造関係者や有識者による宮水保存調査会が組織されています。工区は3つに分けられ、同会による細かなチェックを受けながら工事は少しずつ進められました。
例えば高架橋の基礎には、地下水を通すためにスリットのある杭が使用されたほど。こうした経緯により、同区間の立体交差化は完了までに20年以上もの歳月を費やすことになったのです。
完了した翌年2002(平成14)年にも、宮水保存調査会によって水のチェックが実施されていますが、ここで「異常なし」と報告書が提出されたことで、西宮駅周辺の立体交差化は無事に事業終了となりました。